
《強力伝》 ごうりきでん
新田次郎の実話を元にした小説である。
山の上に物資を運ぶ職業の方を、強力と呼ぶ。
現在、白馬岳の頂上に石の台座が設置されている。
180キロを超える巨石の塊だ。
この石は三つに分かれている。
単純に計算しても、ひとつ60キロ。
この石、いや岩は、たった一人の人間によってここまで運ばれた。
単純な方法で。
<背負う>
背負った強力は、富士山の強力である。
今回の山行では、その台座を拝む目的もあった。
頂上で、その台座の前で、写真を撮ろうとした時、
おもわず、頭の上に手をやってしまった。
「しまった、滝田くんに
強力伝を読めと、言い忘れた」
この台座が何だか、全く関知しない滝田くんは、
『台座の文字、ほとんど読めないネェ』
台座の上部には、風景指示板、
「あっちは富士山」「そっちは、剣岳」
360度、全方位にある山々の名前を書いてある。
ある筈だった。
なんせ、置かれたのは、昭和16年。
74年前の話である。
文字は風化し、かすれて読めない部分ばかりだ。
その歴史を知らずに、やってくると、
滝田くんのように、さして感慨もなく写真に収まる人間になる。
「文字・・読めないネ」
不遜な発言までしてしまう。
『キ・キミは、
小見山正さんに土下座しろ!』
伝説の強力、小見山正の娘さんは、
今、金時山(きんときやま)の頂上小屋の茶店をやっている。
もちろん、おばあちゃまです。