「もうしませんから、こらえてくださいぃ」
小学生のけんじろう君が、親に嘆願している。
いましも、けんじろう君は、両親ふたりに体を押さえつけられ、
左手の人差し指の第二関節の曲り角に、
<お灸>をすえられている最中だ。
悪さをしたらしい。
親の言う事をきかなかったらしい。
何度も何度も言いきかせたにも関わらず、
疳の虫がこの子には、巣食っているようだ。
ってんで、お灸をすえられる。
これが怖かった。
怖かったが、お灸をすえられたからと言って、
いい子には、ならなかった。
つまり、お灸をすえるという躾行為は、有効に働いていない。
むしろ、怖かったという恨みだけが残った。
時は流れて、50有余年。
「ごめんなさい、もうしませんから!」
69才のタメトウさんが、叫んでいる。
腰が痛くてどうもこうもならん・・と云うタメトウさんに、
私が、お灸をして差し上げようとしたのだ。
すると、条件反射のように、件のセリフが吐かれた。
絶叫!
「もうしませんから、こらえてつかぁさい!」
けんじろう君と同じセリフだ。
その昔、同じ恐怖を味わったらしい。
よって、お灸自体が、恐怖の象徴になったのである。
「でったいイヤだ!」
と縮こまるタメトウさんを宥めすかし、腹ばいにさせた。
「60年ぶりのお灸じゃケ、怖いワェ」
まだ恐怖が抜けないタメトウさんの腰に、お灸をすえた。
「やめちくれんかい、熱ぅなったら逃げるでぇ~」
ごたごた言い続けるタメトウさんの口が、やがて静かになる。
「おお、ぬくうて、気持ちがエエなあ~」
はいはい、次は肩、いきますヨ。
すっかりお灸にはまってしまった翁。
呪縛は、60年経って、クリアされたのであった。
タメトウさんの書初めを、イシマルが代書してしまった。