
旅番組のカメラマンに私が質問している。
「
とても美しい街並みで雨の日撮影するのと、
美しくない街並みで、晴れの日撮影するのとどっちがいい?」
どっちがいい?とは、どっちが良い映像が映れるかと云う意味だ。
カメラマンは、腕を組む事もなく、即答する。
『晴れの日!』
晴れてさえいれば何とかなる、と自信を持っている。
太陽光が、様々な欠点と消してくれるという。
特に、映像の世界では、<切りとる>という作業が行われる。
全体を観る人間と違って、
カメラは、部分部分を切りとってゆく。
映したくない箇所をはぶいてゆく。
アップも織りまぜる。
それらを編集すると、街が凝縮された美しさをかもしだす。
この作業は、人間の想い出に近い。
昔、楽しく旅した場所を想い出そうとすると、
綺麗な部分ばかりが登場する。
自らの脳が、取捨選択して、いいとこ取りで編集しているのだ。
ずるい作業かもしれない。
旅番組がそうであるように、普段の私の旅も、
やたら編集されて脳に送り込まれている。
全部なんて覚えてられない。
都合よく処理するように、脳が働いている。
おまけに、撮ってきた写真も、
「この箇所、あまり好きじゃなかったナ」
なぞとつぶやき、ポンと消去棚に放り込んだりする。
これで、嫌な記憶がひとつ消える。
ずるい。
ずるいという言葉が適切でなければ、こう言ってもいい。
《うまい》
うまく生きている。
そういう風につくられている。
カメラマンの話に戻ろう。
じゃあ、
美しくない場所で雨だったら、
どうするのか?
そこは、プロである。
それなりになんとかするしかない。
そして、苦労するが、なんとかしてしまう。
ゆえに、苦労したくないので、つぶやくのである。
「晴れてさえいれば」

力士の横顔?