《天空の城》と呼ばれる城がある。
朝霧の中、天空に浮かぶように見える姿から、そう呼ばれた。
岡山県の《竹田城》(たけだ)だ。
ところが、大分県にも同じように見える城がある。
竹田(たけた)市の《岡城》。
この二つの城がややこしい。
岡山の竹田城
竹田の岡城
間違える人が大勢いる。
まあ、間違えても大騒ぎにはならない。
どちらも、天守閣がない、石垣だけの城だから。
よく似ているが、規模は随分違う。
竹田の岡城の方は、石垣の規模が、どてつもなくデカい。
竹田城 東西100m 南北400m
岡城 東西2500m 南北360m
非常に広い範囲に石を大量に重ねてある。
(はい、今すでにどっちがどっちだか、
分からなくなったネ。ほんじゃ、
大分県の方で話を進めるヨ)
岡城は、滝廉太郎作曲の「荒城の月」で有名になったが、
城跡に登ると、
「本モノの戦をやっていたんだナ」
つわものどもへの想いが湧いてくる。
その昔、2万人の敵に攻められた時、
迎え撃ったのは300人。
しかも大将の年齢が、17才!
広く伸びる城塞をたった300人でどうやって守ったのか、
不思議である。
岡城は私が小学6年の時の遊び場だった。
学校が終わると、一目散に登城した。
今、登っても広い城なのだが、
当時は、一日で回り切れないほど広かった。
ゆえに、カクレンボなどはしなかった。
ひたすらただただ城内でチャンバラゴッコである。
逃げまどい、樹に登り、石垣をよじった。
よじったと言っても、実際は、身長ほどしか登っていない。
ところがある日の事・・・
「石垣をてっぺんから降りよう!」
誰かが言い出し、皆が賛同した。
いざ、崖の上に集まった。
高さ20m以上ある石垣である。
ソックリ返っている。
降りるのは、登るより難しい。
何より、しょっぱなに恐怖感が襲ってくる。
崖の上から身を乗り出さなくてはならない。
「さあ、行くぞ!」
5~6人が崖から乗り出した。
私もぶらさがった。
片足片手づつ、ゆっくり降りてゆく。
2mほど降りたところで、
上部で奇声があがる。
「ほんとに降りよんでぇ~!」
見上げると、降りていたのは私だけ。
皆、降りるふりをして、すぐ戻ったらしい。
「逃げろ!」
おまけに、脱兎のごとく逃げてゆく。
関わり合いにならない、と決めたようだ。
皆が消えた途端、怖さが蘇えってきた。
「こりゃ、登るしかねぇな」
いにしえの戦で、尖兵たちは、
この石垣を登らされていたのであろう。
彼らは、
勇気ある者と讃えられていたはず。
いや、もしくは・・・
お調子者と呼ばれていただけなのかもしれない。