
昔から、解らないことがある。
<なぜ楽譜を見るのだろう?>
オーケストラなど、様々な楽器演奏シーンでは、
演奏者は皆、楽譜を見ている。
もれなく見ている。
演奏が進むと、楽譜をめくっている。
皆、めくっている。
もれなく楽譜を見て、楽譜をめくっている。
自分でめくれないので、
めくる係の人にめくって貰ったりしている。
例えば、有名な楽曲がある。
誰もが知っている曲。
演奏する人も何百回・・いや、何千回も奏でた曲。
練習からたどれば、万回を数えたかもしれない。
考えるに、それほど演奏した曲ならば、
譜面など見ずとも、そらんじていると思える。
その楽譜を目で見ている。
小学生は、つぶやく・・
「それって、カンニングじゃないの?」
ふむ・・・
これを、我らの役者の世界で語ってみよう。
役者は、本番では楽譜的な台本は、その場にない。
たとえ、定番のシェークスピアだの、定番の芝居でも、
セリフはすべて覚えている。
いや、覚えなければならない。
すると、どうだろう?
楽曲演奏では、覚えなくていいのだろうか?
というより、散々演奏してきた自分の十八番でも、
楽譜をめくるのだろうか?
現に、歌うたいは・・・つまり歌手は歌詞を見ない。
その後ろで演奏している演奏家は、楽譜をめくっている。
なんだろう・・・これ?
「イシマルさん、監察が足らないネ。
バイオリンであれ、ピアノであれ、コンサートのメインは、
楽譜を見ていないですヨ
それに、ア~タ、ナレーション
読んでいるじゃんか」
ヒェ~~~