
『山本祐司画伯による海の近くの絵画』
コードレス電話の出現。
それはショッキングな転換期だった。
受話器は、親機から離れられない決まり事と思っていた。
「おおい電話だゾ~」
呼ばれたら、電話のある場所に、
すっとんで行かなければならなかった。
電話機の横に、
ゴロンと横たえられた受話器の姿を何度見たことか。
「おい、ペンを取ってくれ」
話しながらメモを取ろうとしてペンが手元になかったのである。
そんなある日、我が家の電話が、コードレスに変わった。
コードレスとはコードが無い。
この当たり前の形態が、理解しずらかった。
電話がかかってきた。
受話器を取って耳に当てた。
事務所からの電話だ。
暫く話していて、ペンがないことに気付いた。
(アッチの机の上にあるな)
2m離れたところにペンが転がっている。
手を伸ばしたが届かない。
2歩近づいてさらに手を伸ばす。
ほんの少し届かない。
「ちょっと待って下さい」
断りを入れて、耳から受話器を離し、
その受話器の位置を全く動かさずに、
受話器を持った手を伸ばす。
その分、ペンに近づく。
届いた。
ペンを持ち、そそくさと戻ってくる。
電話を終わり、ふと気づく。
私は今、何をしたんだろう?
以前あった筈のコードの距離を、
完璧にパントマイムで、キープしていたのである。