
「よし、北岳(きただけ)に登ろう!」
北岳とは、日本で富士山に次いで高い山である。
標高3193m。
今までに登った事がないのか?
いや、ある。
19才の時、キスリングを担いで、一人で登った。
しかし、天気に恵まれなかった。
恵まれるどころか、台風の真っ最中であった。
直撃したと言える。
あれは確か、9月だった。
アパート暮らしで、テレビもラジオもなく、
天気予報を知るには、駅で新聞の一面を覗くしかなかった。
「まあ、行ってみよう」
青い春は、馬鹿がさらにお馬鹿になる季節でもある。
「今」は晴れていても、山に着く頃には、
どうなるか?
果たして、北岳の登山口、広川原(ひろがわら)に、
バスが着いた時は、雨が降っていた。
「ま、いっか」
まだ、春が青いだけだった。
大樺沢(おおかばさわ)を直登し、
稜線に出たところで、大風に出くわした。
風速は30mを軽く超えていた。
とっさに腹ばいになる。
風上に頭を向けて、岩にしがみつく。
背負っている20キロのキスリングリュックが無ければ、
身体が浮いてしまう。
一瞬、風が弱まる気配がしたとき、
カニのように横ばいする。
ゴ~~~~
風が鳴る。
掴まっている指を起点に身体が浮きあがる。
鯉のぼり状態だ。
リュックの中に、石を詰め込む。
重くして、身体が飛ばないようにする。
その後、非常に長い時間這っていた気がする。
やがて頂上を過ぎ、
肩の小屋(標高3000m)まで辿り着いた。
入り口の扉を開けた途端、カミナリが落ちた。
「バカヤロー、こんな日に、どっから来た!」
小屋のオヤジさんが、
ゲンコツを落とさんばかりに怒鳴っている。
『台風が今、通過しとんやゾ!』
「ハア」
『テレビ見らんかったんか!』
「テレビないんで」
『ラジオ聞かんかったんか!』
「ラジオないんで」
『・・・・・』
「すみません・・」
と言ったきり、バタンと倒れこんでしまった。
疲れたのではなく、3000mを超えた為、
軽い高山病にかかったのである。
大量のお湯を、飲ましてくれ、
布団に寝かしてくれた。
外では、悲鳴のような風音がすさび、
その夜、台風が通過したのだった。
翌朝、まだ小雨の降る中、
オヤジさんに何度も頭を下げ、
広川原まで標高差1700mを駆け下った。
ところが、バスは欠便。
夜叉人峠(やしゃじんとうげ)まで、
5~6時間かけて歩いて帰った記憶がある。
これは、山に登るには、悪いケースである。
青春には、チャレンジも必要だが、
無謀はいけない。
夕食のカレーのオワカリを注ぎながら、オヤジさんが、
『バカタレが!』
と叱りながら、
『最近の若い奴は、だらしない!』
と、ぼやいていたのを覚えている。
そして返す言葉で、
『おおバカタレが、こんな日に!』