
「この岩壁で、ドラマの撮影をしたらどうでしょう」
友人が、神奈川県の、
とある海岸を紹介してくれた。
あまり人が訪れない場所らしく、車は最後まで入れない。
駐車場からは徒歩。
訪ねてみると、なかなかいいロケーション。
断崖あり、海の色は美しい。
松なども適度に配置されている。
二時間ドラマのラストにうってつけだ。
試しに、大きな岩の上にあがってみた。
すると・・
デジャブが・・・
(ここ来たことがある・・)
たしか・・この岩の上から、海に突きおとされた覚えがある。
ドッボ~~ン
落ちたあと、私を落とした人の顔に向け、手をバタバタし、
やがて、水面下に沈んでゆくのであった。
落とした人は、今は亡き俳優、平幹二郎さん。
そう、私はすでにこの地で、二時間ドラマを撮影していたのだ。
20年以上前、まだ寒い季節であり、
ドライスーツを服の中に着こんでいた。
すると当然、身体が浮き上がり、沈まないってんで、
服の中にたくさんの重りを入れた。
ドッポ~~ン
恨みがましく、もがきながら沈んでゆく私・・
「カットォ~オッケ~」
その声を水中で聞いた。
慌てて、浮かぼうとしたのだが、
入れた重りがあまりにも多い。
手をかけど、足をけれど、いっかな浮上しない。
ゆらぐ光ごしに、水の上を仰ぎ見ると、
スタッフの片づけが行われている。
(やべ、重りを出そう)
あれれ・・?
重りがはずれない。
泳いでいる場合じゃない。
間に合わない。
息が苦しい・・・
走ろう!
海底を、自分が落ちた岩を避けて走った。
水深2m。
砂と岩がまじる海底を走った。
どこかに、あがり口があるハズだ。
走るといっても、ゆっくりである。
まるで夢の中で走っているようなスローモーション。
ゴクン、海水をのんだ。
これって、やばいんでない・・
手でこいだ・・足をかいた・・
頭の芯が、キ~ンと鳴りだす。
すすまない、すすまない!
ガホッ
又、のんだ。
たぶん、肺にはいった。
キ~ン、キ~ン、頭が悲鳴をあげる。
すべてが泡の中にいるような混濁した世界に包まれる。
耳は聞こえるのだが、目がおかしくなった。
ぼんやりというより、濁ってきた。
キ~~~~~ン!
その時・・
ブファっ!
波に押された身体が水面からとび出た。
「どうしたんですかぁ~?」
スタッフの、のんびりした声がかかる。
どうやら、私の場合、水に沈んでも、
自力で、かってに戻ってこられると思われていたらしい。
九死に一生を得た人にかけられた言葉が・・・
「弁当、アッチにありますから」