「眠ったら死ぬゾ!」
コレは、山岳だのの遭難シーンで、吐かれる言葉である。
眠ったら死ぬ。
もちろん、山の中で寝たら死ぬという意味ではない。
遭難状態で、寒さギリギリの、生か死かの瀬戸際の時、
希望を失ったら死ぬという意味で、発する言葉でもある。
通常人間は、眠れば、すべての体調管理を、
身体が、かってにやってくれる。
眠っている時に、ブルブルッ、寒くて起きるのは、
管理がゆき届いている証しだ。
ところが、身体が弱っている時に、
その管理をやってくれるかどうかは疑問だ。
やってくれるかもしれない。
やってくれないかもしれない。
ギリギリの状態では、やってくれない可能性の方が高い。
ゆえに、「眠ったら死ぬ!」と声が掛けられる。
その言葉が定説になっている。
幸いなことに、私は山でその状況になった事がない。
しかし、「眠ったら死ぬ!」の自らの声は、聞いたことがある。
どこでか?
14年前、テレビ番組
《世界うるるん滞在記》
台湾の東側のイーランの街で、7年に一度の祭りに参加していた。
祭りの名は、
《チャンクー》
高さ20mの油を塗った丸太柱を登り、
ネズミ返しのハングを乗り越え、
さらに高さ25mの竹で編んだ塔を登る。
なんでも、その7年前に、大勢の人が落下して、傷つき、
それ以上の修羅場があった祭りだ。
私が出場した年も、救急車を何台も準備しており、
私が登り始めた時点でそれらは、すべて出払ったあとだった。
つまり、人は落ちた・・当たり前のように。
結果から云うと、油を塗った柱を登り、
ハング越えまで果たしたのであるが・・
夜中の2時に祭りが終わった時から、
私は眠れなくなったのである。
終了後、共に出た仲間と、あおるように朝まで酒を呑んだ。
しかし、それでも眠れない。
興奮で眠れないのは、さておき、私の脳は、
油でまみれた棒を登っているサナカに、さかのぼらされる。
ホテルのベッドで眠ろうとすると、
「おい!眠るのか?
落ちるゾ!」
自分の声がかかる。
「落ちたら、死ぬゾ!」
ビクッ
目が覚める。
これはどういうことか?
説明しよう。
私は、まだ、
油まみれの20mの木の棒を登っているのである。
登っている最中に、瞬時気を抜くと、落下する祭りだ。
瞬時とは、0コンマ秒の単位の話。
一瞬の気抜きが、救急車の数を減らしてしまう。
ゆえに、気の張りつめ方が、異常なほど鋭敏になってしまった。
自分は、
今登っているのか?
すべてが終わったのか?
ひょっとしたら、棒の途中で居眠りをしているのではないか?
どちらが現実なのかの区別ができない。
できないから、眠れない。
客観的な判断の、判断基準がない。
夢うつつ・・・
台湾から帰国に向かうその後、
48時間を過ぎても、まだ目は見ひらいたまま。
眠さに耐えかねて、コクッと頭がおちると・・
「危ない!しっかりしろ!登っている最中じゃないか!」
叩き起こされる。
さらに、日本への飛行機の座席まできて、
60時間以上たったというのに、
「眠るな、死ぬゾ!」
声は、続いた。
『お茶いかがですかぁ~』
機上のアテンダントの誘惑まがいの柔らかい声がすればするほど、
騙されてはいけない、と叱責が、耳の中にコダマする。
「もう、救急車はないゾ!」
「起きろ、死ぬゾ!」
じゃ、いつ眠りにおちたのか?
機内で、一杯の日本酒をキコシメシタあとに、
ほんわかした日本語が聞こえたアトだった。
「まもなく、富士山が左手に見えてきます」
カクッ