静かだな・・
山小屋、蝶が岳ヒュッテで目が覚める。
窓の外をのぞく。
真っ白で何も見えない。
なにやら空から降っている。
「雪だ!」
思わず声をだす。
外に出てみると、30センチの積雪がある。
夜中に雪が降り、まだまだ降り続いている。
5月の第2週だというのに、北アルプスはまだ雪が降る。
30センチ?
っということは、これから向かおうとしている常念岳の稜線は、
雪で覆われているという意味だ。
昨日までの
人々が歩いた足跡は消えているという意味だ。
つまり、
道は、自分で見つけなければならない。
結論をだす。
「今日は、この蝶が岳ヒュッテにもう一泊しよう」
『足止めってやつ?』
「んだ」
この足止めの間に、さらに一日中雪が降り続いた。
翌朝・・
霧の中、三人で歩き出す。
地図とコンパスを頼りに、新雪を踏んでゆく。
目指すは、常念岳2857m。
なんどかアップダウンがあり、真っ白な稜線を進む。
この辺りは、道に迷う心配はない。
問題は、森林の中だ。
方向が定めにくい。
よく探せば、ピンクのリボンが見つかるのだが、
いったんロストすると、随分戻らなければならない。
ええいままよと進むには、森の中は雪が深すぎる。
ズボッ
足がモモまで、穴に落ちる。
雪を踏み抜いているのである。
アレ~~!
滝田くんは踏み抜きが得意だ。
右足を踏み抜き、やっと、立ち上がったと思ったら、
すぐさま、左足を踏み抜いている。
「たぶん、道を間違ってる」
私の言葉に、皆が立ちどまる。
皆を待たせ、ルートファウンディングに取りかかる。
要は、偵察である。
雪に埋もれながら、アッチかいな、ソッチかいな?
地図にコンパスを当て、ドッチかいな・・
やがて、「コッチだぞ~」。
なんとか本道を見つけ、ラッセルをくりかえす。
「おお、アレは常念岳ではないか!」
晴れた!
運がいい。
頂上を前にして、遥か彼方まで遠望できるほど空がひらけた。
宇宙とまごうばかりの群青色の空。
常念岳は、思いのほか尖っていた。
雪のセイか、尖がった峰に見える。
高所恐怖症の滝田くんの顔が青ざめている。
『行くのも怖いしぃ、戻るのは、もっと怖い・・』
「足元見て、一歩一歩登ろう!」
『うぐっ』
「東側の崖に近づかなければ大丈夫!」
助言とは思えぬ、私の言葉にだまされ、
高度差400mの新雪に、ザクッとふみだす。
「滑った時は、黙って滑らず、何か言ってネ」
『ふぇい』
♪~ゆ~きの進軍、もろでをふってぇ~♪
なぜかこの曲が口をつき、ひぃひぃのハテに、
頂上に立った。
見事なまでに晴れ渡った。
眼の前すぐのところに、
槍ヶ岳が、黒々としたトガリを蒼空に突き立てている。
アッチの方が、300m以上高いハズなのに、
コチラの方が高く感じる。
山は不思議だ。
大概の山は、自分の方が高く感じるのである。
地球が丸いからだろうか?
登ってきた喜びからだろうか? 蝶槍をめざす
ズボッ モモまで雪にはまる
常念岳が見えた
思いのほか尖った岩峰
常念への登り
常念岳山頂 向こうに穂高連峰が
400m下の常念小屋を見おろす