
「この先の崖を下ったら、《秘湯赤湯》に行けますヨ」
苗場山の山頂小屋のご主人が、教えてくれた。
くれたものの、その時間からソッチに下るのは、
用意もしてきていないし、地図もない。
では、改めてってんで、いったん苗場山を降りてきた。
都会に帰り、仕事をする。
翌日、ふたたび高速道路を走っていた。
なんせ、《秘湯》の文字が頭から消えない。
ただの秘湯ではない。
昨今、秘湯と呼んでいる温泉はあまたあれど、
山登りしなければいけない温泉は少ない。
歩き出したのは、苗場スキー場から、
ガタゴト道を6キロも入り込んだ山中。
赤やら黄色、色とりどりの満開の季節である。
いつものリュックの中に、手ぬぐいと着替えを余分に入れ、
すっかり温泉気分で歩き出した。
しばらくは、だらだらとした林道を歩いていたのだが、
棒橋という鉄の橋を越えたところから、
本格的な山道になった。
温泉だから、沢沿いにだらだら進むのだろうという、
温泉気分がふっとんだ。
グングン高度をあげてゆく。
「こんなに登ったら、お湯なんかないんじゃないの?」
唇を尖らせていると、鷹ノ巣峠に出た。
なるほど、険しい山なので、いったん高みまで登り、
それから下る・・という寸法。
汗をかかざる者は、湯船に入れない仕組みになっている。
間違って、ハイキング気分で来ると、
スリリングな崖道で、キモを冷やすことになる。
上り下りすること、2時間半。
それが見えてきた。
《山口館》
泊まりもできる温泉宿。
湯に浸かるだけなら、500円。
切り立った谷間にゴウゴウと谷川が流れている。
その流れの真横に、3つの風呂があった。
ひとつは露天風呂。
女性用もしつらえてある。
露天風呂にしずしずと身体を沈める。
ああぁ~~~~~~!
大きなため息は、谷川の流れの音でかき消える。
熱さが実に気持ちがいい!
湯の色が濃い茶色をしている。
赤湯の名の由来は、この色にあるらしい。
ペロリと舐めてみると、鉄の味がする。
どうやら、その鉄分が酸化して、赤い色に変色するようだ。
両側にソリ立つ岩壁に紅葉が映えて美しい。
「ああぁ~いつまでも浸かっていたい・・・」
ん・・?
今日は、日帰りだよナ。
このふにゃふにゃした身体で、又あの峠まで登り返し、
帰らなければならないんだよナ。
こりゃ、真冬の眠たい朝、ふとんから這い出す以上に、
奮起がいるンでないかい・・・

