《しろばんば》
井上靖の小説である。
でも元々は、虫の名前だ。
秋に、この虫が空を飛ぶのを見かける。
最近では、山の中でしか見られなくなった。
先日、箱根の外輪山、明神が岳の山頂直下で、
しろばんばが飛んでいた。
5ミリほどの大きさで、白い綿が飛んでいるようにも見える。
雪が一粒舞っているかのようでもある。
知らなければ、虫だとは分からないだろう。
よもや、名前を呼べる人は少ない。
伊豆半島の居を構えていた井上靖氏の小説、
《しろばんば》にはこう書かれてある。
伊豆半島の湯ヶ島。秋の夕方ともなれば、
どこからともなく雪虫が飛んでくる。
野遊びからの帰りぎわの子供たちは、
「しろばんば、しろばんば」と囃しながら、
雪虫を木の枝で捕まえては、はしゃぐのだった。
子供たちは、捕まえたのだが、
その子供たちは同時に、雪虫しろばんばの儚さも知った。
人が手の平で捕まえただけで、弱ってしまう。
温かいのがダメらしい。
人の体温でも死んでしまうのだと言う。
我らも、ついはしゃいで捕まえたのだが、
幸い手袋であり、弱る前に離してやった。
「しろばんば、しろばんば」と囃す子供たちを見なくなって久しい。
しろばんば自体は、秋の空を舞っているのに、
追いかける子供は、どこにいったのだろうか?