その昔、50年以上前のこと・・・
正月がくると、我が家へご挨拶の人が集まる。
銀行勤めの父親の家に、行員たちが、訪れるのである。
サラリーマンの、正月の務めと言われていた。
そういう時代だったのだろうか。
3日前から、母、作子(さくこ)さんは、
大量のおせちを作った。
作子と言われるだけあって、モノを作るのが得意だった。
「いただきま~す」
お客様の乾杯の声を聞きながら、裏の台所で、
こま鼠のように立ち働いた。
けんじろう君は、こそっと襖を開けて、
大人の宴会にしのびこむ。
大人が次第に酔っぱらっていくサマが、面白かったのである。
父親のサマは、いつも見ているが、他の人はどうなるのだろう?
眺めていると、人それぞれで、
それなりに崩れてゆく。
当時の我が家では、酒が入ると、歌をうたう人が多かった。
すると、伴奏とばかりに、父親がギターを持ち出す。
ジャンジャカジャンジャカ
「♪~やまでらの~おしょさんは~♪」
調子っぱずれの大声が門松の立つ玄関から抜けてゆく。
「けんじろう、コレ持っていって」
作子さんに手招きされ、料理を運ばされる。
急きょ、配膳係りとなる。
運んだ帰りは、カラになったお銚子をさげる。
行きには、アツアツのお銚子を持ってゆく。
そのうち興味津々の、
お銚子の中身をのぞいたりする。
ツンとくる匂いがする。
決しておいしそうな匂いではない。
しかし、味見をしてみたくなる。
崩れてゆく大人だけの楽しみの原因を調べてみる。
戻りの廊下で、お銚子をひっくり返し、
手に平にポトンと落とす。
ペロリとなめる。
うえっ
まず~~~い
こんなモノを、うまいうまいと呼んでガバガバ呑んでいるのか?
あげくおかしな人になっているのか。
「お~い、けんじろう君、君も呑むかい?」
おじさんに手招きされる。
「いんや、のまん、でったいのまん!」