
「おっ、鹿じゃないか」
山の中で、ばったり鹿に出会った。
神奈川の大山(おおやま)の中腹だった。
かなりの急坂を上り詰め、ひょいと小さな平地に出た。
そこに鹿がいた。
鹿は、驚いた顔で私を見つめている。
距離は、3m。
ピクリとも動かない。
そういう私も、全く動かない。
このまま見つめあっていては、埒が明かない。
(はい、悪い奴じゃないですけんネぇ~)
まずは、視線をはずす。
ゆっくりからだを動かし、
リュックからペットボトルを取り出す。
これだけで、20秒経過。
フタを開け、ゆっくりと持ち上げ、グビグビと飲む。
視線の端っこに、彼をおさめている。
彼と言ったが、彼女かもしれない。
角(つの)は冬は落ちているので、性別がわからない。
そぉ~とカメラを取り出し、そっちを見ないで、
方向を定めようとしたところで、
危険な人でないと、判断してくれたのか、
プイと、繁みの方に歩き出した。
その直後に、パシャリッ
彼等は、不思議なことに、カメラを向けると、
ポーズをとってくれる。
最も愛らしい形で、理想的なふり返り方をしてくれる。
ある意味、《完璧なモデル》である。
猫は、人間に寄り添い生き延びた動物であるが、
鹿は、人に怯えながら、
自分でも気づかない愛らしさで、
生き延びているのかもしれない。