私の行きつけの宿が、北八が岳の麓にある。
《すみや》
7年前から、すっかり世話になっている。
すみやは、77才のご夫婦が切りもりしている。
この二人が、年齢を超越して、若々しく面白い。
旦那は、《ヒデちゃん》と呼ばれ、
奥さんは、《ヨウちゃん》と呼ばれている。
だから私もそう呼んでいる。
旦那のヒデちゃん、
かなりセッカチである。
相当なセッカチな私が、彼を見て、
「セッカチだなあ~」と感ずるのだから、
異常なレベルのセッカチだ。
ある時、ヨウちゃんが病におちいり、救急車を呼んだ。
ところが、救急車が、なかなか来ない。
そこで、ヒデちゃんは、救急車を迎えに車を走らせたのである。
「コッチコッチ!」
先導するべく、タイヤをきしらせながら、
ヨウちゃんの元に連れてきた。
もっとも早いハズの救急車さえ待ちきれない。
ある時、本人が、病におちいり病院に入院した時のこと。
点滴なるものが許せなかった。
ピトン・・・・・・・・・・ピトン・・
この《間》に怒りがわいた。
なぜあれほどゆっくり落ちてくるのか?
なぜ、プックラ水滴をふくらませてから落とすのか?
目で見ていると、気がおかしくなりそうだった。
しばし忘れようと、見ないでいた。
すると、もっと気になり始めた。
いましも膨らみがどんどん大きくなり、
落ちそうで落ちなく、
プルプルと震えている様が頭の中で膨張した。
もはや我慢の限界だ!
やにわ、むっくと起き上がったヒデちゃん、
指でネジの部分を操作した。
速く落ちるように、回したのである。
ピトンピトンではなく、
ピトピトピトピト・・・
「あんなの一気に落としちまえば、いいんだヨ」
もちろん、看護師さんに見つかり、叱られた。
ところが、叱られども叱られども、一気落としをやり続けた。
ピトピトピトピピピピピイイイイィィィィィジャ~
さらに、気に入らないモノを指摘する。
「おらぁヘビが、でぇッ嫌れぇでヨ」
クネクネした長いモノが嫌いなのだと、
八王子出身のくせに、生粋の江戸っ子弁でのたまう。
「病院でョ、おいらの身体に繋がっている長げぇ管が、
ヘビみてぇでョ、嫌れぇなんだヨォ」
点滴だの、尿用の管だの、鼻に入れられた管だのが、
許せないのだと腹をたてている。
セッカチでヘビ嫌いなヒデちゃんにとっての入院生活は、
投獄に近いものだったのである。
夕化粧 ゆうげしょうの花