《イノカツ》トンカツならぬ、イノシシのトンカツである。
冷蔵庫から、イノシシの肉を引っ張り出し、
「今日は何を作ろうかな」
腕組みをする。
ステーキはかなり食った。
焼肉、鍋、蒸し、かなり以上に食った。
そこで、原点となるトンカツをもじってみようと思った。
以前もイノカツを作っている。
しかし、もっと分厚いカツにしたい。
肉を食べる時に、「分厚さ」に言及するのは、本能ではないだろうか。
歯で噛むときに、歯そのものではなく、
歯茎が感じる肉肉しさに期待がかけられている。
実は、食べ物が口内に入ってきて、その旨さを感じる機関は、
いくつもある。
唇、歯、舌、ホホの裏、喉の奥、
そして、忘れてはならないのが、歯茎である。
「え~歯茎なんて、関係ないでしょ」
と思ったアナタは、はぐきの重要性に気づいていない。
たとえば、イノシシの肉が口内に入ってくると、
歯で食いちぎり、歯でグチャグチャつぶす。
その間、舌は休んでいる。
その細かくなった肉塊を支え、享受しているのが、歯茎である。
しばらくすると、舌が動き出し、歯茎の周りにへばりついた肉粒を、
あっちに動かしたり、こっちにさまよわせたりする。
歯茎には、味覚を感じる器官はない。
しかし、食い物の感触を身をもって知ろうとしている。
舌よりはるかに敏感だ。
舌は、けっこういい加減なヤツである。
熱いお湯にはビビるくせに、固いモノ、尖ったモノ、辛いもの、
酸っぱいモノ、たいがいのモノは手なずけている。
たまに歯で噛んで、血だらけになることがあるが、
それ以外では、まずケガをしない。
分厚い牛タンを先年食ってみたが、タンは丈夫だ。
やたら弾力があり、よほど鋭いナイフでないと受け付けない。
だからだろうか、トゲや小骨程度の尖ったモノくらいでは、
刺さったり傷つけたりはできない。
むしろ、傷つくのは、歯茎の方。
小骨が刺さるのは、おおむね歯茎が役目を担っている。
今日食事をするときに、歯茎を意識してみると面白い。
「味わい深い」という言葉がある。
「味わい」は舌がおもたる役目をになっているが、
「深み」は歯茎にゆだねている。
歯茎は思いもかけない責任がある部署だったのだ。
さて、イノカツの深みはいかに!