ゴマすり器
「ん・・?アレはなんだ!」台所の隅に、なにやら小動物がいる。
小さな昆虫である。
動かないところをみると、死んでいるのかもしれない。
近づきたくないし、触りたくもない。
死んでいると思って突いて、突然動きだしたら、イヤだ。
できることなら、しらんぷりしていたい。
~~~ ~~~ ~~~
私は朝食に黒ゴマを、毎日食べている。
味噌汁に、ゴマすり器で摺って入れる。
粒にして、おそらく100粒以上。
ゴマすり器ってのは便利なもので、市販の炒った黒ゴマを入れて、
あとはグルグル回すだけ。
ところが、その容器に、黒ゴマを袋から移す時に、
失敗して、周りにぶちまける事がある。
サラサラとこぼれるのではなく、文字通り、ぶちまける。
「うわっやっちまった!」
あわてて掃除機を持ってきて吸引にかかる。
黒ゴマの散らばり方は、はげしい。
ありとあらゆる方角に散り、スキマという隙間に入りこむ。
掃除機のノズルを細いモノに代え、吸引力を上げてのぞむ。
ブィィィィィィ~~ン
よくもまあと感心するほど、散らばっている。
「グラスを割った時より遥かに散らばる」と言った人もいる。
(わたしか)
さて、問題ははるか未来にやってくる。
昨年の今頃ぶちまけたハズの黒ごまが、恐ろしいモノに変貌するのだ。
「ん・・?コレはなんだ!」
台所の隅に、なにやら小動物がいる。
小さな昆虫である。
動かないところをみると、死んでいるのかもしれない。
冒頭の台本(フレーズ)をそのまま使った。
しらんぷりしたいと思った昆虫らしき黒いモノは、実は、
あの時の黒ゴマだったのだ。
黒ゴマの生き残りだと言い換えよう。
掃除機に見逃され、私の世界からいったん消え去ったと思われたモノ。
ゴマが小動物だとすると、相当長い年月を経て、蘇えったのである。
再発見されると言うより、タイムワープして現在にやってきた感がある。
やってきた途端、人を脅している。
怖がらせている。
未知の真っ黒い昆虫を演じている。
そして、たぶんだが、この真っ黒いモノは、食える。
月日が経っても、おそらく食える。
本物の怖いモノにはなっていない。
ところが、ときどき黒ゴマのマネをして、姿を消す奴らがいる。
消したあと、同じく長い時間をへて、蘇えってくる。
そやつらは、マネをしたくせに、怖いモノになっている。
本格的な怖いモノに変貌して、ビジュアルで脅してくる。
昆虫というより、宇宙人に近い様がわりである。
先日発見した宇宙人は、非常に醜いあられもない姿だった。
変貌前の名前は、《ミニトマト》だったと推される。
なぜ、分かったかというと、虫眼鏡で見たら、
緑のヘタらしき飾りが宇宙人の頭に付いていたからだ。
さらにもう一匹の宇宙人は、正体不明の真っ黒い物体だった。
怖いので、ほおっておいたのだが、ナガシの水がたまたま掛かり、
急に変身を始め大きくなってきた。
「やはり宇宙人じゃないか!」と騒いでいたら、どんどん成長して、
地球上の名前、《ワカメ》になった。
こいつなんぞは、きちんと食える。
ひょっとすると、私より長生きするだろう。
そして・・・本当に怖いヤツは、あそこにいる。
《冷蔵庫の下》
掃除機すら差し込めない地帯に何かがいるのは分かっている。
見ても、見ないフリをしているのだが、
きっと、自分でも元の名前を忘れてしまったヤツらであろう。
水をかけても蘇えることもなく、原型から果てしなく変わり果てた姿で、
いま、薄暗いおぞましい場所で、何かが助けてくれるのを待っている。
『誰か』ではなく、『何か』と云わなければならないところが、
はてしなく怖い。
そう考えると、黒ゴマくんのなんと可愛いことヨ。
ある日の朝食(米がない)