山の上に小さな盆地がある。冬には、どっさり雪が降り積もり、真っ白な盆地となる。
そこは、夏に雨が降ると、池ができる。
大雨になると、池の水位があがる。
だから、盆地の端を掘削して、水を山から流している。
では、残雪の時期に、大雨が降ったらどうなるのだろう?
2m近い雪が重さで固められ盆地を覆っている。
私は知らなかった。
雪の上に雨が降れば、しみ込むとこまでは理解しているが、
その後がどうなるのか、知らなかった。
残雪とはいえ、ほとんど氷に近い形態になっている。
そこに雨が降ると、その水はあっという間に溜まってゆく。
雪の上にどんどん溜まってゆく。
そんな雪の池となるのである。
そんなと言った所は、北八ヶ岳の天狗岳の中腹にある山小屋、
黒百合ヒュッテの建つ、標高2400mの場所。
山小屋にたどり着くと、山小屋の方が、なにやらスコップで、
雪の穴掘りをしているではないか。
「何をされてるんですか?」
「ミゾを掘ってるんですヨ」
「ミゾ?」
「雨が降ると、小屋が浸水するんでネ」
「雪にしみ込むんじゃないんですか?」
「降ったばかりのフワフワの雪ならね」
まるで古代の遺跡のような側溝が、なん10mも続いている。
溝を跨ぐところには、階段が造られ、
遺跡の雰囲気を盛り上げている。
これだけ掘るには、相当の労力がいるだろう。
とても重くなった残雪は、ヒトスコップで掘り出す量はしれている。
掘っても掘っても、はかどらなかったハズ。
しかも溝は、全部掘られているワケではない。
所々、人が通る箇所を人幅にブリッジ状に設けている。
だから、いま現在大雨が降ると、溝の中に水が溜まる。
ということは、大雨が降る予想が出たら、
あわててスコップを振り回さなければならない。
予想が外れたら、再び埋めなくてはならない。
一年中やっている山小屋には、こんな苦労もある。
ほとんどの登山者は、その苦労は知らない。
山小屋の方も、知ってもらおうとすら思っていない。
ただやらねばならない事を、黙々とやっている。
手伝おうとしたが、「もうすることがない」という事で、
急遽ビールの人となった。