役者の友人の訃報を新聞で知る。《若松武》わかまつたけし 70才。(若松武司)
甲状腺のガンの為、永眠された。
50年ほど前の夏、若松武と石丸謙二郎は、
まだ役者でもなんでもない頃に、日大芸術学部で知り合った。
石丸が演劇学科、彼は美術学科。
舞台を小さな劇団でやっていた時の仲間である。
お互いどちらかと言えば、肉体派であった。
元気だけは良かった。
ある日稽古場で、前方宙返りができないものかと、
二人は考えた。
考えるのは自由である。
しかし、ノウハウも何も知らずにすぐに始めたのである。
代々木にあったオリンピックの宿舎の部屋を借りた稽古場。
床は、コンクリーの上に四角いスレートを張り付けたモノ。
コチコチだ。
教室のような部屋で、助走もさして長く取れない。
「どうやって回るんだろう?」
一応疑問は湧いた。
バク天宙返りならば、後方に反り返ると、なんとなく分かるが、
前方宙返りとなると、どうやったらいいのか見当すらつかない。
「頭抱えてクルっと回ればいいんじゃない」
誰でも考え付く指摘が、どちらともなく出され、
ともあれ、やってみようとなった。
まず走り出したのは、ワカだ。
(当時も今も、彼をワカと呼んでいた)
5mほど走り、両足で蹴り、宙に跳びだした。
ところがクルッとはいかなかった。
ドデ~ン!
背中から落ちたのである。
ウゥゥゥ しばらく蹲っている。
息が止まったらしい。
次は私の番。
壁ギリギリまで下がり、思いっきりダッシュする。
両足で踏み切る。
ダ~ン!両手で頭の後頭部を抱える。
なあ~んかゆっくり世界が前後に回っている。
ドダ~~ン!ケツから落ちた。
ケツの打撃が背中を伝わり脳天までひびく。
一瞬気が遠くなりかかる。
それを見て、ワカが、
「両ひざをもっと胸に近づけなきゃ」
といいながら、もう一度チャレンジ。
ドダ~~ン、ワカもケツから落ちる。
30秒ほど、のたうち回っている。
私が走り出す。
ダ~~~~ン
ケツと足の裏が同時に着く。
「どうしてもアゴが上がるな」
さらに頭を抱えるチカラを強めようと示唆する。
その後、何10回チャレンジしただろうか。
小一時間したころに、偶然、二人とも足の裏で立った。
大喜びした。
「よし、この感覚を忘れないうちに!」
意気込んでワカが走り出す。
ガ~~~ン
着地の音が違った。
ケツと背中の中間で落ちた。
落ちたまま、苦しんでいる。
どうやら尾てい骨を強打したと呻いている。
「病院に行こうか?」
私の問いに、
「お金も保険もないからいい」
割れた床のスレートをカリカリやりながら、
回れなかった悔しさに涙していた。
その後、彼は、天井桟敷という劇団に入り、
私は劇団つかこうへい事務所に入るのだが、
演劇界の肉体派の二人と呼ばれるようになる。
ワカは、屋外の路上で前方宙返りをし、
私は、同じく舞台上で前方宙返りをしていた。
その後、なんどもケツから落ちていたにも拘わらず・・