土曜日の朝は、落語で始まる。4時代に、NHKでは、落語を放送している。
目覚めには、人が語る物語は適している。
早朝から、笑いが浮かぶ。
この習慣が3年以上続いている。
年間50人の話し家が、50の話しをしてくれる。
基本は、古典落語、つまり江戸のお話し。
登場する話し家は、おしなべてお年を召した方達。
その方達とて、若手の時代があった筈。
ところが、若手は登場しない。
しないのか、できないのか定かでない。
それは、古典落語の質と関係があるような気がする。
江戸言葉や江戸の習慣をちくいち伝えてくれる訳であると、
語りに熟練がいるのではないか。
若手がこれをやると、ものまねの域をでることがないと、
観る側が、感じるのではないか。
それでも、若手は、古典落語をする。
高座では、古典落語は必須なのだろうか、挑んでいる。
若手は、新作落語をするだけではない。
基本は、古典なのだと気づく。
我々があの語りをマネをしようとすると、マネしているとバレる。
いまどき・・・
「ちょいとぉ~おまえさん」
などと、言う方は少ない、よもや、
「お向かいの、だんさんが羽目を外しましてなはぁ~」
本当に江戸時代にこんな会話をしていたのかどうか・・・
想像すると、たぶんしていたような気がする。
口伝という伝え方は、うまく出来たもので、方言に似ている。
伝言ゲームをやると、デタラメな伝わり方になるが、
アレは、個人の責任があいまい過ぎる。
ところが、落語の口伝は、個人の責任がおおいなる力を持っている。
きちんと伝えようとするプロが口伝をしているのだから、
かなり正確に伝わったと信じたい。
落語を早朝に聞いたその足で仕事現場に向かうと、
つい口調が、江戸っ子に近づいてしまう。
「イシマルさん、おはようございます」
「へいへい、おはようさんでございます」
「あら、調子がいいようですね」
「調子ったってアアタ、朝っぱらから、牛乳をクイッと、
引っかけやしたからネ」
いったい何の話かと、スタッフは首を傾げている。
そんなこたぁ知ったこっちゃない。
おととき来やがれべらんめぇ~ってんで、すっとこどっこい!
朝から、絶口調ってなもんだぜ。
おあとがよろしいようで・・・・・
福島の蕎麦街道に立っていた愛犬の碑