カーテンレールは、モノを掛ける道具ではない。「よっこいしょ」
洗濯物を部屋干しする際に、ついカーテンレールに掛ける。
特に、エモンカケ(ハンガー)は、「つい」に丁度いい。
掛ける場所は、きちんとあるのだが、溜まった洗濯物があふれ、
洗濯吊りが二つも三つもに増えると、「つい」が発動される。
カーテンレールは、買った時の表示を見るとわかるが、
最大荷重3キロのものが主流。
3キロとは、こぶりなスイカである。
500mlペットボトル6本。
結構な重さだが、洗濯ものに含まれる水分をナメてはいけない。
ずしりとした重さが、レールを痛めつける。
たいがいのソレは、壁に数本のネジくぎで止まっている。
時に、直接洗濯物を掛けるのではなく、
洗濯用のヒモをカーテンレールからカーテンレールに渡し、
そのヒモに洗濯ものをズラリと掛けたりする。
ホテルなどでは、そうはさせじと、カーテンレール以外の壁に、
ヒモを結びつけるとっかかりとなるモノがない。
宿泊客の部屋干しによって、
カーテンレールが抜け落ちた歴史があったのだろう。
その昔の日本家屋は、部屋と廊下の間の障子やフスマの上に、
長押し(なげし)と言われる長い板が張り付けられていた。
その上部は隙間があり、モノを掛けようと思えば掛けられた。
表彰状などの額を、ヒョイと差し込んだり、
エモン掛けを、吊るしたり、使い勝手がよかった。
大工さんが工夫して作っていたので、頑丈でもあった。
ただ安普請の家では、それを掴んで懸垂した人が、
バリリッと剥がして落下したこともある。
「すみません、壊しました」
これらの事を総合して考えなおしてみると、
部屋の中に、掛ける部分というのは、
《掛ける目的》で造られたモノにしか掛けてはいけない。
たぶん大丈夫だろうという楽観で、掛けていたに過ぎない。
その「たぶん」が上手く機能して、長い間かけまくっていたのである。
「掛けまくった」とは、なんだ!
と膨れる方もおられる。
「掛ける所がないんだから、しょうがないじゃないか!」
追い打ちもかけられるでしょう。
どちらかと云えば、そちら側に属する私としては、返す言葉がない。
「ウチは、カーテンがないから関係ございません」
そういえば、昔ながらの旅館にはカーテンがない所が多い。
障子ですべてをさえぎっている。
朝陽がまぶしいのは当たり前、
「起きなさい」と言われている。