「若者は、ワクチン接種に懐疑的なんですネ」朝のワイドショーで聞こえてくる言葉。
しかし、その時間にテレビをつけている若者は少ない。
その時間どころか、テレビを見ない若者がたくさんいる。
時代というくくりで、考察されている。
私の場合、20代の頃、テレビを見ていなかった。
見る気は、ふんだんにあったのだが、
テレビが買えなかった。
住み込みで働いている場所で、皆が見ているテレビを、
眺めている生活。
買えないとはお金の問題もさることながら、
住む場所のない時代でもあった。
当然、持ち歩けないモノは買えない。
それでも見たい番組はたくさんあった。
どうしても見たい時には、友人宅に押し掛けたり、
電気屋さんの店内のテレビの前に陣取ったりしていた。
「チャンネル変えていいですか?」
店主さんは、イヤな顔はしなかった。
「いつか買いに来ますから」
その「いつか」が来た頃に訪ねたのだが、店はなくなっていた。
テレビを始めて手に入れたのは、20代の後半。
舞台のパンフレットの役者紹介欄に、書いた。
・欲しいモノ――テレビ
すると、劇団に連絡があった。
「取りに来てください」・・・と。
すぐに向かった。
当時、50CCのバイクを人から頂いて乗っていた。
後部座席も荷物置き場もないバイク。
テレビをくださるという女性の方のお宅に着いた。
ピンポ~ン
「あら、いらっしゃい、はいはいどうぞ」
差し出されたのは、ブラウン管仕様のテレビ。
それを背中に括り付けた。
ロープは無かったので、なぜか持っていた縄のロープ。
背中を水平にして、器用に何重にもグルグル巻きにした。
その動きを、女性は目を丸くして見ていた。
「いただきま~す!」
颯爽と、去ってゆく50CCバイクとミノムシ君。
さて、帰り着いて、すぐにコードを差し込み、電源を入れる。
アンテナを伸ばす。
ブラウン管が温まるまで20秒ほどかかる。
床に置いたそれを覗き込む。
やがて現れた映像は―――
白黒・・・
東京オリンピックでカラーテレビが普及してから、20年近く経っている。
白黒テレビを探すほうが難しくなっていた時代。
それでも嬉しかった。
画面の大きさは、今のノートパソコンより小さい。
遠くに離れて見たいのだが、画面が小さいので離れる訳にはいかない。
画面に手が届く距離をキープする。
もちろんリモコンなどというモノはない。
クルクル回すチャンネルである。
12に合わせれば、東京12チャンネルが観られた。
そういえば、テレビ東京はその頃、
《東京12チャンネル》という名前だった。
白黒テレビとは不思議なもので、
今放送されている映像がレトロな録画にみえる。
ラジオすら持っていなかった私には、文明とつながった感にあふれた。
まだ自分がテレビなどに出るヒトだと考えていなかった時代。
サッカーの試合では、白い服と白い服が白のボールを追いかけている。
ラグビーでは横縞のユニフォームの30人が入り乱っている。
それでも、今思い返せば、どちらがどちらのチームか理解していた。
自分で色をつけていたのである。
観ていたドラマにも、色がついていた記憶がある。
そしていま、私は白黒の絵を描いている。
天然カラーのモノを見ながら、白黒に変換させている。
おもしろい――