「は・はなれた!」ウインドサーフィンの道具から、はなれた。
たかが、数メートルしか離れていない。
しかし、その数メートルを必死に泳いで追いかけているのに、
まったく距離が縮まらない。
南の島のリーフ(環礁)の中。
岸から1キロほど離れたところで、爆沈をした。
風速は11m。
これほど吹くと、海流もそれに乗って流れる。
かなりの速さ、人が歩くほどの速さの急流となる。
それにのって、道具がどんどん風下に流されてゆく。
道具との別れは、危ない。
必死で追いかけた。
クロールを繰り返した。
心臓が破裂しそうなほど泳いだ。
・・・・追いつけない。
ふと・・・
ライフジャケットを脱いで捨てて泳げば、追いつくかもしれない。
しかし、もし追いつけなかった時、ライフジャケット(浮力体)は、
生きる為の最後の頼みである。
2秒ほど悩んだものの、ライフジャケットを捨てるのはやめた。
結果・・・・・・
道具はどんどん視界から遠ざかっていった。
ひとりになった。
リーフの中とはいえ、足はつかない水深。
おそらく1時間も流されていれば、リーフから流れ出てしまう。
そうなると、波高数メートルの荒波の中に投げ出される。
見つかることはありえない。
しかも来ているスーツは真っ黒、ヘルメットも黒。
見つからない為に着ているような装備。
ウインドサーフィンを始めて32年、初めての漂流――
お日様が沈むまで、あと3時間。
流れないように風上に向かって平泳ぎをするも、
速い流れからすると焼け石に水。
私は、意外と落ち着いていた。
この島のビーチにいるマリンスタッフを、信頼していた。
イシマルがいなくなった事に、いつか気づく筈である。
落ち着きがなく、アチコチに行ってしまうヒトではあるものの、
ビーチに道具がなく、たぶん海に出ているだろうイシマルが、
しばらく見えなくなっているのだから、何かトラブルがあったのだろう?
と想像するハズ。
波の中に揉まれていると、1キロも離れていると、見つかりにくい。
しかし、「どこかに居るはずだ」と見つめているのと、
「いるかもしれない」と、ボンヤリ探しているのとでは、
全く違う。
実際、過去に、私も何人かの遭難者を見つけたことがある。
2キロ沖合を漂うシミを双眼鏡で見続けて、
「アレは人間に違いない!」
皆に知らせて捜索に向かったこともある。
その状況が、今わたしに降りかかっているのだと、信じる。
つまり、浜にいる誰かが、
「イシマルは遭難している」と確信して探していると、
私は信じている。
きっと今頃、マリンジェットを引っ張り出して、
エンジンを始動させているに違いない。
川のような水の流れの中で、ただただ待った。
小一時間たった頃、豆粒のようなマリンジェットが、
走り回っているのが見えた。
手を振ってみるも、遠くて見えないだろう。
それがやがて、近づいてきて、突然、
ジェットの鼻先がまっすぐにこちらに向いた。
見つかった!
乗っていたのは、《ゆうじろう君》。
まだ200mは離れているが、白い歯が見えた。
彼も喜んでいる。
生き延びた瞬間。
救助体制がしっかりしている島のマリン遊びだから、
足しげく通っている。
その島は、《与論島》よろんじま
ずばぬけた海の美しさと共に、
人のやさしさを合わせ持った島である。
