一昨日、バナナの話をしていて思い出した。《バナナのたたき売り》という、大道芸がある。
芸という表現は間違っているかもしれない。
大道芸の場合、芸をみせて、そのあと帽子の中などに、
御布施をいただくのが見返りなのだが、
バナナのたたき売りでは、バナナをその場で売ってしまう。
今から、50年ほど前には、都会にまだその芸をする方たちがいた。
口上は、映画《男はつらいよ》の寅さんのアレである。
「生まれも育ちも葛飾柴又~」
に始まる立て板に水。
街中のややひろがった道バタにテーブルを置き、
その上にバナナの房を5つほど並べる。
ヒト房には、7~9本の実がついている。
色は、真っ黄色。
それを伏せて置く。
伏せるという表現は正しいと思う。
反り返ったバナナをお山のように置くのである。
理由は、大きく見せる為だと思われる。
ただ伏せるのではなく、ここで高度のテクニックを使う。
端から2本目の実を、
いったん上に持ち上げ、一番外側にグイッと曲げる。
すると、2割ほど大きく見えるのである。
誰が考え付いたのか、このテクニックは定番だったようだ。
口上は、途切れない。
お客が増えるまで、なかなか売らない。
10人以上、いや20人ほどが群がった頃合いに、
値段の発表となる。
固い紙の板でテーブルを叩く。
その昔、バナナは高価とは言えないが、安くないモノでもあった。
それをいきなり――
「5000円!」
客はびっくりする。
一日のアルバイト代が2000円の時代である。
その瞬間、口上は柔らかい口調に移る。
「ええ、ええ、驚いたでしょうねぇ、そんなバナナ!」
定番のダジャレも組み込んだりする。
適度な笑いと、あおり・・・
やがて、値段は、少しづつ安くなる。
その度に、テーブルを叩く。
叩く音が、だんだん大きくなる。
客は、興奮してくる。
安くなるからという理由もあるが、口上が面白い。
バン!
叩く音が小気味よい。
「1000円!」
始めの5分の1になっているが、まだ高い、そこで――
「ええい、もうヒト房つけちゃおう!」
どさりと、房を重ねるのである。
この時も、端から二番目の実を外に置き直す。
「もってけ、どろぼう!」
千円を空にかかげた主婦らしき方が、前に進み出る。
その途端、まわりからどんどん千円がつきだされ・・・・・
まさに、バンバンとテーブルを叩いて叩き売っている。
なんたって口上が見事で、面白い。
ある意味、口上代を払っているとも言える。
口上代としては高いかもしれないが、お土産にバナナの房が、
ふたつも付いてくる。
バナナを房買いなどすることのなかった時代。
家に持って帰り、
「今日ね、バナナのたたき売りを見たよ!」
当時とて、珍しい町の風物であった。
えっ、千円を突き出した主婦は、サクラじゃなかったのかって?
はぃ、サクラだったかもしれないし、サクラでなかったか・・もしれない。