現在、毎土日に、絵本屋さんでトークをしている。講演という呼び方もあるが、さほど大げさなものではないので、
どちらかと言えば、《お喋り会》と言えよう。
(ごく少人数、窓あけはなし、マスク、アクリルなど)
こういうトークの場合、回数が重なると、檀上の方は、
毎回同じ話をするケースが多い。
お客として椅子に座っている方は、一回しか来ない。
すると、同じ話で良い訳で、違う話をしても意味がない。
ところが、私の場合、まったく違う話しでお客様の前にいる。
なぜだろうか?
「自分が楽しいのがいい」
同じ話しをしていると、仕事のように思えてしまうのである。
導入部のマクラ話しに始まり、一時間、
毎回違う、おもしろ話しをしてしまう。
お客様とて、毎回同じ話しをすると、たぶんバレる。
慣れた話しかたは、分かるモノだ。
話しがうまいのは、大切なのだが、妙にうまいと、
「たぶん、何度も話した逸話なのだな」とバレてしまう。
新鮮でいるには、その時その時、思いついた、
もしくは思い出した話しを披露する。
話術は得意なほうではない。
役者を始めた頃から、飲み屋などで私が喋りはじめると、
「イシマル、おまえは黙ってろ」
周りのみんなに止められたものだった。
話しを構成する能力にとぼしく、
なおかつ奇妙奇天烈な話しばかりするので、
「黙ってろ」となる。
30代の頃は、人前であまり話しをしないようにしていたものだ。
寡黙な人と思われていた。
「イシマルはおしゃべりだねえ~」と呆れられるようになったのは、
50代になってからである。
俳優の永島敏行さんに、
「イシマルさん、ずっと喋っていますよネ」
と言われるようになったのは、60才超えてから。
やっと喋ってよくなった様な気がして、口を開いている。
赤ん坊がまったく喋らないので心配していたら、
ある日突然、もうれつに喋りはじめると言う、アレである。
絵本屋さんでは、一時間という時間を守れず、
オーバーしてしまう事しきりで、
夕暮れ時、食事の準備に帰らなければならないお母さま達に、
ご迷惑をかけている。
お芝居の舞台では、上演時間はその通りなのだが、
えてしてアンコールが長引き時間超過するケースもある。
ところが私の場合、アンコール要求もされていないのに、
「最後にこの話を・・・」
などと言って追加延長するのはいかがなものか。
まいどまいど反省しながら、にこやかに話をすすめている。
一期一会を噛みしめながら・・・