日本のロッククライミングの歴史は、100年になんなんとする。《ウォルター・ウエストン》 1861~1940
イギリス人の宣教師であり、日本にやってきて、登山の歴史を変えた。
1893年には、上高地の漁師、上條嘉門次と共に、
前穂高岳に初登頂する。
日本にもアルプスがある事を、世界に発信した。
その功績をたたえ、上高地にウエストンのレリーフが岩に、
飾られている。
実はウエストンは、最初、神戸に降りたったのである。
そののち、六甲山の周りを登り始め、岩場にとりつくようになった。
ロックガーデンと呼ばれる岩場などは、その後、
北アルプスの岩場を開拓する練習場所となる。
芦屋と云えば、神戸の高級住宅地として有名だが、
その山の手のほうに、芦屋に準ずる住宅が、
斜めの土地に立っている。
そのあたりも、岩がゴロゴロした場所である。
花崗岩が住宅のアチコチにとび出している。
中でも北山公園と言われる一帯は、
ボルダリングの聖地として昔からファンに登られて来た。
中腹に、ダイダイ色の大きな岩がある。
《ボルダ―タワー》と呼ばれている岩。
遠くからも見えるが、近づいてみると、
とても登れそうにない。
花崗岩とは、クラック(岩の裂け目)が少なく、どちらかといえば、
丸みを帯びた岩である。
難易度の高い岩である。
そこに、昔から多くの人たちが登ろうと挑戦してきた。
今でも、登るひとたちがいる。
岩は、10m近い高さがあり、
ロープをかけて登れないので、
登るチャレンジを始めると、最後まで登りきれなければ、
落ちてしまう。
命がけである。
仮に、登れたとしても、どうやって降りるのだろうか?
岩の周りをグルリと回ってみる。
裏側にややくっついた岩があり、その岩に跳び下りれば、
なんとかテッペンから戻れるかもしれない。
あくまで、「かも」に過ぎない。
「昔は、よく登ったもんだよ」
岩の手触りを確かめているのは、
マッターホルンを世界最年少で登った方。
今現在、山の道具の会社の会長さんをしている方である。
75才になったその方が、登り方を見せようと、手足を岩にかけた。
グイッとあがった所で、皆が止めた。
落ちたら、ただごとでは済まない。
山の道具の販売に影響するかもしれない。
そこで、私が手足を岩にかけた。
グイッとあがった所で、皆に止められた。
落ちたら、ただごとでは済まない。
役者が終わるかもしれない。
仕方ない、墨絵にして、墨絵の登場人物を登らせるしかない。
いずれ、月刊誌《岳人》にて――