駅のホームから写真を撮った、パシャリ。
その写真がこれだ。
馬に乗った人が、駅をくぐろうとしている。
なんだなんだ?
そこは神奈川県を走る、京浜急行、三浦海岸駅。
近くに乗馬クラブがあり、遠出の走りを、海岸でやっている。
走るといっても歩くのだが・・・
海岸の砂浜を、散歩するのである。
イントラと共に、手綱を持って、数人が乗馬を楽しんでいる。
馬に乗ったことがある人は、ご存じだろうが、
馬の背中は高い。
腰かけると、トラックの運転席より高い(と思う)。
景色が変わる。
ゆらゆらと揺られるここちよさ――
車と違い、安心感もある。
訓練された馬は、けっして暴走しないからだ。
あぶない場所は止まる。
おそらく眠ってしまっても、行きたい場所へ連れて行ってくれる。
っと、良いことばかり語ったが、実はその昔――
30数年前、3時間時代劇の大作で私は、
馬を駆ける武士を演じていた。
江戸の町を再現した家屋の並ぶ道を疾走するシーンだった。
一応、乗馬のプロが前を走り、そのあとをついてゆく。
まずは、テスト。
「よ~いスタート!」
その途端、私の馬が走り出す。
前の馬が走ればついていく習性がある。
馬と言うのは、走り出しの初速が速い。
ヨ~イドンの瞬間にいきなり全力疾走となる。
必死で手綱を握りしめる。
っと、ここまでは良かった。
問題は、その10秒後に起きた。
江戸の町はクランク状に道が伸びている。
クランクとはまっすぐの道が、ちょこっと左に曲がり、
すぐに右に曲がるという形状。
見通しを悪くし、敵に攻められにくくしている。
日本家屋は軒(のき)がある。
道に向かって屋根のひさしが、半間(90センチ)ほど伸びている。
私の馬は、前の馬を追う為に、最短コースを走ったのだ。
左に曲がる瞬間、ひさしの下を首を下げて通り過ぎようとしたのだ。
背中に武士が乗っているなど考えてくれない。
ほんの一瞬のできごとだった。
(このままでは、私の身体は、いや頭は、ひさしに激突する!)
ひさしの高さは、ほぼ馬の背中の高さ。
逃げようがない!
「とっさ」であった。
身体を馬の右側の腹のところに、忍者のように張り付いたのである。
左手は鞍を掴み、左足首で鞍をひっかけるという、
ウエスタン映画でしか見られない芸当を演じたのである。
「とっさ」としては、あまりの見事な「とっさ」。
くぐったあとに、すぐに元の位置に起き上がった。
ところが、これだけでは終わらなかった。
クランクは、すぐに右に曲がる。
私の馬はまたしてもひさしをくぐろうとしている。
元の位置に戻った勢いで、今度は左側の腹にへばりつく。
いわゆる曲乗りという芸当である。
サーカスなどで見たことがある超のつく難しい技!
もしあのまま突っ込んでいたら・・・
「カット!」の声に馬は走りやめる。
馬担当の方がとんできて、私の無事を確かめる。
まさかあんな事を馬がやるとは――
まさかあんなことを役者がやるとは―ー
平身低頭して謝りながら、感心している。
結局本番は、道なりに走らせられるスタントマンがやることになり、
私はお役御免となった。
たったの3~4秒のことだったのだが、
今でもひさしの先端が私の首を狙って近づいてくるのを、
スローモーションのように、はっきり覚えている。
もう一回やれと言われても、あの曲芸は無理だろう。
「とっさ」とは、
ヒトがとてつもない能力を引きだす瞬間なのだと実感した。
ただし、本番ではなかったので、
映像は残っていない。
残念である。
あれっ、さっき「馬は眠っていても」とか言ってなかったっけ・・・