![]() 広い屋敷と庭と池。 その水が汚いから「抜く」と宣言した父親。 部下として命令を受けたのは、次男坊けんじろう君。 栓を抜き、ドロをかきだし、逃げ回る鯉をポリバケツに放りこむ。 その数、すう百匹。 池は最後の仕上げに、やはり父親がどこかから借りてきた、 デッキブラシで、コンクリ―の底をゴシゴシこすり掃除する。 あとは、栓をしてきれいな真水を溜めるだけまで、こぎ付けた。 ここまで一週間経っている。
その二日前だった。 ポリバケツの中でバシャバシャと泳ぎ回る鯉を見て、 父親がつぶやいた。 「食べよう」 元来、魚好きの家族である。 池の鯉ですら、胃袋が反応する。 両親が話しあった末、中華料理がいいのではないかとの結論。 良きことに、明治時代からの料亭旅館だったお屋敷。 広い厨房に行けば、直径1mはあろうかという中華鍋がある。 そこに油を大量に注いだ。
ポリバケツからタモで掬った鯉を持ってきて、 内臓とウロコを落とし、メリケン粉をまぶした丸ままを油に入れる。 ジャァ~~~~~ つい大きな魚体のモノを選ぶので、なかなか火が通らない。 60センチを超えると、尻尾は飛び出ている。 コッチを持ち上げ、アッチに転がし、 カラカラにあげてしまう。 その間に、もう一つの1m中華鍋に、中華あんかけを母親が作る。 つまりカラッとあがった鯉に熱々のあんかけをかける。 中華料理の定番である。 店で注文すれば、それなりの金額をとられる。 メニューの下の方に書いてある。 時価と書かれたものも見たことがある。
その夜、家族5人がおおきな鯉料理をそれぞれの前に置き、 「いただきま~す」 いや~旨いのなんの! ガツガツと1匹たいらげた。 脂まみれの口で、父親が宣言する。 「ひとり一匹ナ!」 これから毎食一人1匹がノルマだと言う。 家族の歓声があがる。 中華料理の豪華なメニューをずっと食べられる喜びに、 両手を高々とあげた。
次の日早朝から、終わりの見えないドロ捨ての作業と、 ポリタンクへのホースでの水の供給。 さらには、最も高いところにある池から水張りを始める。 水を入れながら、泥水をくみだす。 なぜか? 池にいる生き物は鯉だけではない。 カエルや、昆虫など様々な生き物が、蠢いている。 それらを死なせてしまう訳にはいかない。 上流から、少しだけ清流を流すのだ。
激しい労働に腹が減る。 昼には、中華あんかけが待っている。 自分で鯉を掬い、自分で油であげ、自分であんをあけ、 「いただきま~す」 完食! こうして、ひとり1回に1匹、三食食べる。 という事は、一日に、真鯉が3匹×5人=15匹消える。
やがてドロもすべて掻き出し、真水を溜める作業が進む。 抜くのに時間がかったが、溜めるのにも一週間ほどかかる。 なんせ大きな池。 その間、真夏の食事は鯉だけ。 旨い旨いと食べていたのは、二日目まで。 大きさも、最初は60センチほどの大型を油に放り込んでいたが、 次第に、50センチ、40センチと小型を求めるようになり、 たまに30センチの鯉を見つけると奪い合いになった。 以後、水が溜まるまでの一週間で、 100匹近くの鯉が消えた。
「飽きた・・・」 父親が終結宣言もどきの言葉を吐いた。 さすがに鯉を一週間3度3度食べ続けると、しんどい。 最初の頃の感動は、もはやない。 高々とあげた両手は何だったんだろう・・ あんかけだけという献立にも問題はあった。 あんかけの味付けは変化させていたようだが、 いかんせん、主役が鯉だけ。 食べてツツキまわした鯉の骨を見つめながら、 全員が同じ言葉を吐く。 「飽きた・・・」
もっと早くこの言葉を吐いても良かったと思うのだが、 《すう百匹の鯉を食らう》という特殊な食事に興奮していたのは否めない。 かれこれ父親の「洗う」宣言から2週間が過ぎ、 池に水が溜まってきた。 いよいよ鯉を池に戻す作業である。 鯉本来の役目を果たして貰わなければ。 ここで、けんじろう君が、中学生の友人たちに声をかける。 「真夏に、鯉と一緒に泳がないか?」 鯉の棲む環境は濁った水なので、澄んだ水で一緒に泳ぐなど、 たぶんありえない経験だろう。 呼びかけに、何事かと集まった友人たちが、 おそるおそる澄み切った水にからだを沈める。 水中眼鏡をつけて、泳ぎだす。 少しだけ、我が家族の肉体に移動しただけでまだまだ大量の鯉。 鯉を追いかけ、追い廻し、捕まえようと泳ぎ回る。
釣り糸を水中で持って、針にパンくずを付けたら、 釣れるのではないかとアイデアが浮かび、実践してみる。 果たして、すぐに鯉が食いついてくる。 取り込もうとするが、水中では鯉の方が強い。 そのまま引かれて泳がされてしまう。 つまり鯉にけん引され水中を漂うのである。 とりこんだ鯉は60センチ以上の大型。 友達が、食おうと言い出した。 ドキリっ しばしの沈黙のあと、けんじろう君―― 「明治時代から生きてきた鯉を食べるとバチが当たるらしいゾ」 消えた鯉については黙して語らなかった。
そう、あれ以来、高級中華料理屋に行っても、 中華あんかけのページには興味がない。 ![]()
by ishimaru_ken
| 2022-06-13 05:40
| 昔々おバカな話
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