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利尻岳の苦悩②

利尻岳の苦悩②_e0077899_08090704.jpg
                  《利尻岳頂上直下》
~昨日の続き~

北海道の利尻岳に登っている。

水を余分にどころか、想定の半分しか持たずに、

標高1721m(標高差1500m)の山に登ってしまった私。

やがて、9合目にたどり着くと、標識に文字が書いてある。

 「ここからが正念場!」

すでに正念を据えていると言うのに!

その書のとおり、モモをあげっぱなしの急登となった。

ゼイゼイはぁはぁ・・・なのに水がない。

頂上について万歳をしたいのに、水のことばかり考えている。

景色を楽しむ余裕がない。

周りで休んでいる登山者たちが、ゴクゴクとおいしそうに飲む水。

「あれぇ~3合目で汲んできた水がまだ冷たぁ~い!」

みせびらかしている。

見ないようにした。

見ると、きっと物欲しそうな眼つきの私となるに決まっている。

唾を呑み込もうとしたが、あまりにもカラカラでゴクンができない。

唇の上下が引っついて、ネチャネチャしている。


ダメだ、すぐに降りなきゃ・・・

お日様が真上でカンカン照らしつけている。

晴れ男のセイだ。

頭の上からタオルをかぶり、暑さをしのごうとする。

1500mの標高差を一気に降りるのは、登山としては辛い。

日本の山道では、そうそうあることではない。。

登りよりははかどるが、それにしても水に対する想いはつのる。

砂漠で水を求めている徘徊者の気分になる。

8合目まで降りてきたものの、「もう水なしでは歩けない・・」。

なんて、弱音を吐いてはならない。

自業自得とはよく言ったもので、自分がまいた種だ。

あと5合分降りなければ水は無い。

登りで見た、あの水場がなんども浮かんでくる。

声にも出してみた。

 「みぃ~ず、みぃ~ずぅ!」

声に出しても、なんの慰みにならなかった。

頭の中が、水だけの世界になる。


そういえば、こんなに水を求めたのは、いつ以来だろう?

中学生で野球部だった夏、炎天下の中、何時間も、

一滴の水すら与えられずに、球拾いをしていた、

あの時以来じゃないか。

そして、その時のことを思い出すとさらに、苦しくなる。

人は苦しい時に、もっと苦しいことを思い出してはいけない

楽しかったこと、面白かったことを考えなくてはいけない。

 「あんなに苦しかった時に頑張ったんだから、これくらい」

などと言って人を鼓舞するのは間違いだと分かる。


7合目まで降りてきた頃、グラリと転んでしまった。

そういえば、さっきからよく転ぶ。

山であまり転ぶことのない私が、さっきからすでに3回、転んでいる。

これはおかしい。

身体が変調をきたしている証拠だ。

一刻もはやく水の飲まなければ!

その一刻が、延々に感じる。


6合目まで来た。

もう我慢ならん、登山道の脇に生えている笹の新芽をかじった。

多少の水分があるだろうとの想いである。

何本も摘み取り、歩きながらかじった。

すると・・・のどの渇きが和らぐかと思いきや、

笹の匂いが顔のまわりに漂うようになった。

笹が嫌いになりかけている。

竹の匂いに苦しみだしている。

渇きとはそういうモノだと気づく瞬間。


5合目の標識を横目で見た。

あと2合。

リュックを開き、さっきのペットボトルをもう一度振ってみる。

一ミリほどの水滴が残っていないか、

逆さまにして、口で吸ってみる。

《みれん》というフレーズが山の中にコダマする。

思い出してみれば、このペットボトルを、

逆さまにして吸っているポーズを山頂から何度もやっている。

《みれん》のあとに《たらしい》をつけた方がいい。

試しに、引き算をやってみた。

73ひく27は――

考える前に、なぜわざわざそんな苦しくなることをしているのか、

バカバカしくなった。

試すとか実験とか、今やることではない。


また転んだ。

4合目の標識に気持ちが緩んだからだろう。

この山には山小屋はない。

避難小屋があるだけ。

よって、そこに泊まるつもりの登山者がいない限り、

誰ともすれ違わない。


水が無くなってから数時間、ついに《甘露泉水》が見えた。

この時まで、「着いたらこうするんだ!」という想像ばかりしていた。

上半身ごと水の中にとびこみ、ジャブジャブ暴れながら、

水中で水をガブガブのむ。

その光景をなんどもなんども思い描いていた。

たった数時間の間に、10回以上の絵を思い描いていた。

果たして――

人は、望みがかなう瞬間、冷静になるようである。

あと一瞬で水が飲める、その時間を、

ほんの少しだけ伸ばしてみたくなる。

何もなかったかのように、静かにカップを持って水に近寄る。

滔滔と流れ出している美しい水。

200年前に降った雨が地下でろ過されて湧いてきたと言われる水。

利尻岳の登山道ではここにしか湧いていない水。

喉ぼとけが、ゴクリッ

そういえば・・・

映画《アラビアのロレンス》の中で、ピーターオトールが、

砂漠地帯を水もなく歩きとおし、命からがらたどり着いたホテルの、

レストランのバーラウンジで、レモン水を注文するシーンがある。

何バイもがぶ飲みするのかと思いきや、

一杯のレモン水を、そっと静かに口に含んでいる。

そのシーンに、ヒトの気品というモノを感じた。

泉にドボンなどという下品な真似はしてはならない。


カップを右手に持ち、冷たい湧き水を受け、そぉ~と口をつけた。

ロレンスを思い出していた。

そぉ~っと、ゴクゴクゴク・・・・三口で飲んでしまった。

ロレンスはお代わりをしなかった。

私は手が勝ってに動いて2杯目を受けている。

ガブガブガブガブ

なんと3杯目、4杯目、さらには《未練たらしいペットボトル》を取り出し、

ジャ~~~ドボドボドボ

もう一杯、ゴクゴクゴク

6杯目は頭にジャ~次は首にジャ~

顔もジャブジャブ、もう腕も水に浸して、もう肩まで漬けちゃえ~

カップはいらない、顔ごと浸けて、ゴクンゴクン

ロレンスになんかなれやしない!


しかして、ペットボトルを片手に抱いてキャンプ場まで、

タランタラン歩いて帰ったのでありました。

利尻岳の苦悩②_e0077899_08094092.jpg
           枯れ木がわが身に見えた瞬間


by ishimaru_ken | 2022-07-27 05:33 | スポーツ
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石丸謙二郎
by ishimaru_ken
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