~昨日の続き~ 北海道の利尻岳に登っている。 水を余分にどころか、想定の半分しか持たずに、 標高1721m(標高差1500m)の山に登ってしまった私。 やがて、9合目にたどり着くと、標識に文字が書いてある。 「ここからが正念場!」 すでに正念を据えていると言うのに! その書のとおり、モモをあげっぱなしの急登となった。 ゼイゼイはぁはぁ・・・なのに水がない。 頂上について万歳をしたいのに、水のことばかり考えている。 景色を楽しむ余裕がない。 周りで休んでいる登山者たちが、ゴクゴクとおいしそうに飲む水。 「あれぇ~3合目で汲んできた水がまだ冷たぁ~い!」 みせびらかしている。 見ないようにした。 見ると、きっと物欲しそうな眼つきの私となるに決まっている。 唾を呑み込もうとしたが、あまりにもカラカラでゴクンができない。 唇の上下が引っついて、ネチャネチャしている。
ダメだ、すぐに降りなきゃ・・・ お日様が真上でカンカン照らしつけている。 晴れ男のセイだ。 頭の上からタオルをかぶり、暑さをしのごうとする。 1500mの標高差を一気に降りるのは、登山としては辛い。 日本の山道では、そうそうあることではない。。 登りよりははかどるが、それにしても水に対する想いはつのる。 砂漠で水を求めている徘徊者の気分になる。 8合目まで降りてきたものの、「もう水なしでは歩けない・・」。 なんて、弱音を吐いてはならない。 自業自得とはよく言ったもので、自分がまいた種だ。 あと5合分降りなければ水は無い。 登りで見た、あの水場がなんども浮かんでくる。 声にも出してみた。 「みぃ~ず、みぃ~ずぅ!」 声に出しても、なんの慰みにならなかった。 頭の中が、水だけの世界になる。
そういえば、こんなに水を求めたのは、いつ以来だろう? 中学生で野球部だった夏、炎天下の中、何時間も、 一滴の水すら与えられずに、球拾いをしていた、 あの時以来じゃないか。 そして、その時のことを思い出すとさらに、苦しくなる。 人は苦しい時に、もっと苦しいことを思い出してはいけない。 楽しかったこと、面白かったことを考えなくてはいけない。 「あんなに苦しかった時に頑張ったんだから、これくらい」 などと言って人を鼓舞するのは間違いだと分かる。
7合目まで降りてきた頃、グラリと転んでしまった。 そういえば、さっきからよく転ぶ。 山であまり転ぶことのない私が、さっきからすでに3回、転んでいる。 これはおかしい。 身体が変調をきたしている証拠だ。 一刻もはやく水の飲まなければ! その一刻が、延々に感じる。
6合目まで来た。 もう我慢ならん、登山道の脇に生えている笹の新芽をかじった。 多少の水分があるだろうとの想いである。 何本も摘み取り、歩きながらかじった。 すると・・・のどの渇きが和らぐかと思いきや、 笹の匂いが顔のまわりに漂うようになった。 笹が嫌いになりかけている。 竹の匂いに苦しみだしている。 渇きとはそういうモノだと気づく瞬間。
5合目の標識を横目で見た。 あと2合。 リュックを開き、さっきのペットボトルをもう一度振ってみる。 一ミリほどの水滴が残っていないか、 逆さまにして、口で吸ってみる。 《みれん》というフレーズが山の中にコダマする。 思い出してみれば、このペットボトルを、 逆さまにして吸っているポーズを山頂から何度もやっている。 《みれん》のあとに《たらしい》をつけた方がいい。 試しに、引き算をやってみた。 73ひく27は―― 考える前に、なぜわざわざそんな苦しくなることをしているのか、 バカバカしくなった。 試すとか実験とか、今やることではない。
また転んだ。 4合目の標識に気持ちが緩んだからだろう。 この山には山小屋はない。 避難小屋があるだけ。 よって、そこに泊まるつもりの登山者がいない限り、 誰ともすれ違わない。
水が無くなってから数時間、ついに《甘露泉水》が見えた。 この時まで、「着いたらこうするんだ!」という想像ばかりしていた。 上半身ごと水の中にとびこみ、ジャブジャブ暴れながら、 水中で水をガブガブのむ。 その光景をなんどもなんども思い描いていた。 たった数時間の間に、10回以上の絵を思い描いていた。 果たして―― 人は、望みがかなう瞬間、冷静になるようである。 あと一瞬で水が飲める、その時間を、 ほんの少しだけ伸ばしてみたくなる。 何もなかったかのように、静かにカップを持って水に近寄る。 滔滔と流れ出している美しい水。 200年前に降った雨が地下でろ過されて湧いてきたと言われる水。 利尻岳の登山道ではここにしか湧いていない水。 喉ぼとけが、ゴクリッ そういえば・・・ 映画《アラビアのロレンス》の中で、ピーターオトールが、 砂漠地帯を水もなく歩きとおし、命からがらたどり着いたホテルの、 レストランのバーラウンジで、レモン水を注文するシーンがある。 何バイもがぶ飲みするのかと思いきや、 一杯のレモン水を、そっと静かに口に含んでいる。 そのシーンに、ヒトの気品というモノを感じた。 泉にドボンなどという下品な真似はしてはならない。
カップを右手に持ち、冷たい湧き水を受け、そぉ~と口をつけた。 ロレンスを思い出していた。 そぉ~っと、ゴクゴクゴク・・・・三口で飲んでしまった。 ロレンスはお代わりをしなかった。 私は手が勝ってに動いて2杯目を受けている。 ガブガブガブガブ なんと3杯目、4杯目、さらには《未練たらしいペットボトル》を取り出し、 ジャ~~~ドボドボドボ もう一杯、ゴクゴクゴク 6杯目は頭にジャ~次は首にジャ~ 顔もジャブジャブ、もう腕も水に浸して、もう肩まで漬けちゃえ~ カップはいらない、顔ごと浸けて、ゴクンゴクン ロレンスになんかなれやしない!
しかして、ペットボトルを片手に抱いてキャンプ場まで、 タランタラン歩いて帰ったのでありました。
by ishimaru_ken
| 2022-07-27 05:33
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