《権田(ごんだ)がPKを与えたのは、実は、 勝ちへのアシストだった!?》
サッカーワールドカップのドイツ戦。
こんな意見もある。
「そもそも権田がPKを与えなければ、
1×0で勝っていたのではないか?」
――とはならないのが、サッカーの不思議なところ。
後半、堂安の同点シュートで、1×1。
引き分けがチラついた頃、ドイツのディフェンスは考えた。
前半にドイツはPKを貰っている。
審判は、怪しい動きには、PKを出しやすくなっている。
ペナルティ内で、あまり露骨な身体ぶつけはしない方がいい。
そこに、浅野にロングパスが来た。
普段ならたとえペナルティ内とはいえ、
もっとディフェンスは激しくくる。
特にドイツは・・・
浅野のあの瞬間は、完璧な素晴らしいサッカーをしたが、
本来のディフェンスであれば、はじき飛ばされる可能性があった。
では、なぜ、さほど身体を寄せて激しく来なかったのか?
その答えが、権田のPKにある。
前半の権田のPKがなければ、ドイツディフェンスは厳しく寄せてきた。
まさかそこまで考えて権田がPKを献上したハズもないが、
結果的にそうなったと考えるほうが分かりやすい。
日本ドイツ戦のマンオブザマンに権田が選ばれた要因は、
スーパーセーブだけではなく、
結果的に、浅野のシュートをアシストした、
綱渡り的な勝利の方程式を描いたからと受けとめたい。
つまり、もしあのPKがなく、0×0で、後半に突入していたら、
ドイツが、あれほど緩い戦いをしなかった可能性が高い。
日本も、あれほどの超攻撃的な布陣にしなかったかもしれない。
さて、もう一度、ドイツ戦が始まる前(23日朝)に私が書いた予想を載せよう。
ドイツ戦 2×1で勝利。
コスタリカ戦 1×1で引き分け
スペイン戦 2×0で負け
これによると、ドイツとは2×1で勝ち、
今日のコスタリカ戦は、1×1で引き分けとなっている。
なぜだろうか?
それほど甘くないとよんだ。
ドイツに勝ったものの、ワールドカップの運命は、
ひと試合づつ勝ち負けが独立している。
それを考慮すると、引き分け。
そして、1×1に関して、実はこうも書いた。
「その2点にひとりの人間が関わる」と。
しかし、こういう予言的なことを書いてはいけないと判断し、
消した。
消した文章はもうひとつある。
ドイツ戦の2×1の横に、
「漢字の田の文字が付かない名前の人が入れる」
実際は、堂安と浅野なので当たっているのだが、
これも煽情的で占いに近いので、消した。
さて、コスタリカ戦、どうなりますか?
願望と予想は違う。
願望なら、優勝まで掲げていい。
冷静に予想をしてみるのも面白いものだ。
予想は冷静でも、ゲームの興奮は同じ。
願望は、どうか私の予想が外れるのを祈っている。
日本のシュートが決まった時、窓をあけて叫ぶのはやめましょう。