「席を譲る」いまでは、当たり前の美意識なのだが、
50年前の東京では、まだその気配が足りなかった。
7人掛けの山手線で、そこに5人の人たちがユルユルにかけている。
大分の田舎から出てきたばかりの、けんじろう君が、声をかけた。
「ちょっと、ズッちくれんな」
(すこしズレてくれませんか)
ズルとは、横にズレるという意味だ。
共通語で、「横に移動してください」と、
いまでは当たり前のように言える言葉を知らなかった。
「ズッちくれんな」
言われた人は、キョトンとしたまま。
私には「席をつめてください」という言葉が浮かばなかった。
さらにけんじろう君は追い打ちをかける。
「ズッちくれんなっチ、言いいよんのや」
(ズレてくださいっと言っているのですよ)
さらに・・・
「ばっちゃが立っちょんキ、しらしんけん考えチくれんナ」
(おばあさんが立っているんですよ、真剣に考えてくれませんか)
田舎から出てきた、未来を夢見る青年の主張である。
たかがこんなことで、方言というモノが廃れてしまったのが、
情けない。
時代が変わったのだろうか?
それとも、
時代を変えてしまったのだろうか?