《偶然》とはなんだろう?「偶然ですねぇ~」
道でバッタリ出会って、つい言葉が出る。
「いやぁ~必然ですねぇ~」とは出ない。
確率として、低すぎるので、偶然だと感じている。
それはそれでいいのだが、偶然がなんども繰り返されると、
首を傾げたくなる。
「これって偶然なのだろうか?」
このセリフの意味は、
誰かが意図して、あとをつけているとか、
こっそり壁の向こうに待っていて、偶然を装うとかではない。
ひょっとすると、偶然起きているのではなく、
起きるべくして、その場に自分が居るのではないか?
「無意識の行動が、偶然に見せかけている」と考えられないか。
《無意識の行動》とは、
道を歩いていて、つい左に曲がったとか、
落ちているモノに顔を向けたとか、
本人の性格とか、クセとかが関わっている。
生き方と直接結びついている。
ゆえに、これは偶然ではない。
つまり、サイコロの目のように、個体物質のアトランダムではない。
(ここでは、神の意志とか、未知のエネルギーとかを、
持ち出したくないので、それ抜きで話を進めよう)
「つい」とか、「ふと」とか、「やっぱり」とかの考えが付き纏う。
「やっぱりあの角に戻ろう」
何かが気になったので戻ってみると、
20年ぶりの人に出会ったりする。
「やあ~久しぶりぃ偶然だねぇ~」
いや、偶然でもなんでもなく、「やっぱり」戻ったのだから必然だ。
ただし、あまりの僥倖に、「やっぱり戻った」という事実を忘れる。
この「忘れる」というヒトとしての特技が、偶然をつくりだしている。
自分が導き出したルートであるハズなのに、
導いた事実を忘れるのである。
それより、《偶然》起きたショッキングな出来事に感動している。
その感動が、「忘れる」というヒトの特技を発動させる。
もしこの仕組みが、人間にそなわった能力なのだとすると、
ヒトは、偶然を求めているのかもしれない。
「必然」の事実のかなりの部分を、
強引に「偶然」と感じたがっている。
驚きたがっている。
あまりもの偶然の重なりに、
驚きを通り越して幸せをも感じている。
「きっと神様に守られている」
その状態まで、いきつくこともあるだろう。
「わたしは特別の人間だ」
優越感を抱くかもしれない。
思い込んでしまうと、いま述べているような意見に耳をかさない。
かすどころか、聞き捨てならない異論だと、排除してしまう。
そして、こう言い切る。
「こんな偶然が起きるなんて信じられない!
これが偶然でなかったら、どう説明するんだ!」
(ん・・・・だから今説明したようにぃ・・・・・)
どうどうめぐりがはじまる
ゴルフのホールインワンは偶然ですか?