昨日、ヨーグルトの話をした時に、こんな表現をした。
《牛乳が腐りかける直前の酸味のような》
この言葉を吐くということは、その状態を知っている、
と言わざるをえない。
口に入れたことがあるという証拠である。
アナタは、そんなモノを食べた事があるだろうか?
遡る事、55年前、高校生のけんじろう君は、
運動場の隣りの下宿生であった。
近所に、同じく下宿している友人の部屋に、
足しげく通う腹ペコ下宿生でもあった。
通われた友人は、湯布院に実家を持つ、やや裕福な家庭らしく、
牛乳瓶を毎日一本、朝届けられる環境にあった。
本人は飲みたくないのだが、両親が体の為に決めたらしい。
となると、飲み残した、あるいは、
最初からフタさえ開けられなかった牛乳瓶が並ぶようになる。
下宿といえば定番の、四角い電気炬燵の上に、
180mlの瓶が並んでいる。
上部は丸い紙でフタをされており、さらにその上から、
透明黄色のビニールがかぶさっていた。
飲もうとするには、手でビニールも紙も剥がすのだが、
テーブルの上には、牛乳瓶のフタとりキリが置かれてあった。
鋭い針が丸いプラスチックの真ん中にあり、
それで一気にフタを刺してあける。
開ければ、すぐに飲まなければならない。
当時の牛乳は、生乳であり、防腐剤はあまり入ってなかった。
朝届けられれば、朝飲んだ。
夜まで残ったとしても、夜飲んだ。
ところが・・・
彼はいつもおなかがゴロゴロしている青年であった。
親にむりやり飲まされていたものの、ひとり下宿となれば、
飲みたくない。
そんな嫌々牛乳のことが、ものすごく気になる友人が、
訪ねてくるようになった。
けんじろう友人は毎日来るのではない。
3日に一回とか、時には、一週間に一回もある。
時に訪ねると、5本の瓶が並んでいたことがある。
一番右から、新しい真っ白な瓶
2番目に、なんとなく白い瓶
3番目は、やや黄なりの瓶。
4番目はしっかり黄色の瓶。
5番目は、上部が緑色に変色しかけた瓶
5番目の瓶を持ち上げようとしたら、
テーブルに底が張り付いていた。
よくよく見たら、フタが外れてこぼれた液体がノリ状になって、
テーブルに接着したようだ。
時折、1と2の瓶が無くなっており、3~5の瓶だけが並んでいた。
彼が頑張って飲んだのだろうか。
そこで、仕方なく3の瓶のフタをあけた。
鼻を近づけると、生臭い匂いがする。
チョビッと舐めてみる。
ふむふむ、いける気がする。
ゴクッ
ほぉ~まあ大丈夫だとおも・・・・・・う
そして一月後、やはり3本が並んだ炬燵に足を突っ込んでいた。
今日の3本は、4~6本目なのだと知らされた。
ええい、ままよ!
4本目のフタをあける。
方向性としては、チーズを連想させる匂いがする。
いや、靴下の匂いの方が近いか。
ペロリ
酸味はない。
腐った食べ物は、おしなべて酸っぱい味がしたものだ。
そこまで行っていないと判断し、ゴクン。
さらにひと月が経った。
その日は、一本しか瓶が置かれてなかった。
匂いがひどくなったので、片づけたのだそうだ。
並べた左端のモノのフタが突然吹き飛んで爆発したそうだ。
醗酵が進んだのかもしれない。
空腹とタンパク質に飢えているけんしろう君は、
残された一本から目が離せない。
以前見た、5本目の色合いに似ている。
《上部が緑色に変色しかけた》と表現したモノ。
この時、5本目の真実を知る。
彼は、少しは牛乳を飲んでいたそうな。
飲まなかったモノを並べて置いた訳で、
5本目だからと言って、5日目という訳ではない。
と言うのである。
ってぇことは――
飲む飲まないは別にして、針でフタをとる。
ポヮ~~~ン
ある意味、素敵な臭いがひろがる。
どこか懐かしそうな匂いである。
人差し指をつっこみ、ドロッとした物体をすくいとる。
匂いを嗅がないようにして、口元に近づける。
ふと視線をあげると、彼が興味津々な目で見ている。
あとで聞いた話では、
「カメレオンがバッタを食べる直前に似ていた」
らしい。