~~~つづき~~~
目が覚めると、そこは山小屋、西穂高山荘の一室。
夜中の2時半。
窓の外は、星がきらめいている。
トイレをすまし、昨夜、小屋の方が作ってくれた弁当をむさぼる。
暖かいモノは食べられないが、今食べたら、10時間以上、
食い物は行動食しか食べられない。
おにぎり2個をひとつぶ残らず腹に収める。
もう一度トイレをすまし、昨夜詰め込んだザックを担ぐ。
この夏、憧れのジャンダルムルートを目指すために、
お盆の3日を利用して、計画をたてた。
いざ!となった所で、台風にみまわれた。
計画は、2週間延期となった。
しかして、9月の頭に新穂高温泉のロープウエイの乗客となり、
西穂高山荘に泊めてもらった。
この山小屋のご主人粟沢徹さんは、気象予報士であり、
穂高のルートの天気予想はほぼ当たる。
夕食時、天気解説をしてくれる。
今日の標高差は激しい。
荷物は、限りなく厳選した量にしてある。
それでも、水だけは、1,5リットル。
この量も、ギリギリの重さに設定した。
ひょっとしたら足りないかもしれない。
でも多すぎると、その重さが、登りの邪魔になる。
水の量の判断は、天気にもよる。
9月の頭頃は、まだまだ暑い。
おひさまが照ると、水の量は、さらに1リットル要る。
しかし、今日は、高曇りだと言う、ご主人の言葉を信じた。
たぶん涼しい。
朝3:30出発。
本日のルートは、
西穂高山荘から奥穂高山荘まで、9時間と言われている。
相当の速さで進まなければ辿りつかない。
まずは、丸山を通り、西穂独標まで。
稜線からの眺めは美しい。
遥か遠くに、町々の灯りがチラチラ光っている。
あれは、諏訪か、それとも塩尻か・・・
登り始めの標高は、2367m。
奥穂高岳は、3190m
単純標高差は、823mなのだが、
このルートは、登ったり下ったりを延々繰り返す。
累積標高差は、さらに600mを足さなければならないだろう。
このルートを登るガイドとして、
国際山岳ガイドの棚橋(たなはし)さんに案内を請うた。
日本におられるガイドとしては、最高クラスの方である。
長年、日本中の恐ろし気なルートを踏破され、
海外の様々な山にも登っておられる。
「いきましょう」
棚橋さんの穏やかな言葉が漏れ、我々は、
ヘッドランプの灯りを頼りに一歩を踏み出した。
風もなく、音もなく、登山靴の足音だけが、
オリオン座のうかぶ夜空に響く。
計画をたててから10年以上になるのに、
いざ歩き出すと、身震いするほどの気合はない。
危険とは、準備不足からくる不安の裏返しだと信じている。
石橋を叩いた上で渡るには、勢いもいる。
10年ほど前に、ウインドサーフィンのスピードチャレンジで、
台湾のポンフー島に渡った時より、落ち着いている。
岸から3m、水深30センチの水面を、
風速25mの風の中で疾走した。
1秒間に20mの走り。
あの時よりは、このバリエーションルートの方がましだろう。
あそこでは、誰もチャレンジしていなかったのだから・・・
~~~つづく~~~