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逆層スラブは滑るか?⑤
逆層スラブは滑るか?⑤_e0077899_10593911.jpg
               《手前に傾いた逆層スラブ

~~~つづき~~~

ポツリ、小雨が降り出した。
風も3~6mの西風が吹きだした。

穂高連峰は、その麓の上高地(標高1500m)に立っていると、
「晴れ」と感じることが多い。
ところが標高2600mより上は、
雲の中に包まれていることが多い。
したがって、そこは、雨粒が漂っている場所であり、
服は濡れる。
すぐにレインウエアの上着を取り出し、着る。

そういえば、この山行では、ヘルメットをかぶっている。
これは必須。
落石もあるし、滑落して頭を打った時にも、すこし役に立つ。
服装は、下半身が、半ズボンにスパッツ。
軽くするのと、足を大きくあげるので、
ズボンのこすれによる一切の摩擦をなくす為。
(今年の暑さに対する対策でもある)

西穂高岳までより、ここから上下動が激しくなる。
かなり登り、思いっきり下る。
通常の登山でも、せっかく登ったのに下るという難儀を味わうが、
そのレベルではない。
ハァハァがとまらない。
動いている間中、ずっとハァハァしている。
3000mの高所でのハァハァなので、酸素が入って来ない。
ここで、秘策を用意している。

コロナの時に有名になった、
《血液内酸素測定器》 指先に装着型
これを利用し、3000mでの実験を何度もしてきた。
測定値の、安全と言われる数値90台から、
危険の80台に落ちた場合、どのくらいの時間休んだら、
元に戻るのか?
実験を繰り返した結果、
一分間の休憩と深呼吸で、元に戻ることが分かった。
それ以上の休みは、身体を冷やすので、意味がなかった。
このマシンは持って行かなかったのだが、
何度も高地の実験しているので、自分の体調から、
およその数値が分かるようになっている。

そこで、ハァハァが激しくなったところで、棚橋ガイドに申し出る。
「1分間、休ませてください」
もちろん立休みである。
穂高中の空気を吸い込むような深呼吸をする。
人間ドックで、毎回、肺活量が貧弱という診断を出される私が、
穂高山中に、呼気を吐き出す。
すると、1分で、スッと身体が動くようになる。
やった!
実験の研究が役に立っている。
再び登りだす。

岩が湿ってきたので、さらに気を引き締める。
ある鞍部(凹んでいる場所)に降りたところで、
前方の岩盤がこちら側に急傾斜している箇所が現れた。
(はは~ん、ココが《逆層スラブ》だな)
登れるが下ると怖いと言われている板状の岩盤の坂道である。
手がかりが少なく、靴の摩擦で登らなければならない。
とくに雨で濡れていると、いかにも滑りそうで気持ち悪い。
滑り出したら、滑り台となるだろう。
(ん、雨じゃないか)
しかしながら、履いてきた登山靴はその役目を果たしてくれた。
ガッチリ岩に吸い付く。
靴底の全面を当てるように置けば、滑ることはない。

このあたりの逆層になった岩場は緑色をしていて、
実に美しい。
まるでデザイナーが色と形を配したかのような風景である。

もうすでにかなりの登攀を繰り返している。
この崖で、全体のまだ半分も来ていない。
9時間で登破できるのだろうか?
エネルギーはもつだろうか?
このルートには山小屋も逃げ場もない。
どうしようもなくなったら、ビバークといって、
ツェルト(簡易テント)をかぶって寒さをしのぎ、
朝までジッとしているしかない。
いずれにしても、ここまで来たら、引き返すのも大変。
バリエーションルートと言われるゆえんが分かってきた。
岩登りもさることながら、相当の体力を求められる。
20キロ背負ってのスクワット300回をしてたくらいで、
安心してはいけない。

見あげると、ガスの影響で、峰々が遠くにみえる。
錯覚だろうが、岩峰の聳え方が激しくなり、
私に脅しをかけてきているようにも感じる。
霧の中に浮かび上がり方が、
映画のCGめいた幽玄さに満ちている。
「崖は見えていない方が怖くない」という方もおられる。
しかし私の場合は、そもそも怖くはないので、
わざと怯えさせるような演出はいらない。
高さ50mの崖が、100mに見える。
ただでさえ足は疲れ、息があがっているのだから、
そんな無駄な演出はやめてほしい。

さらには、うっすらと見える岩峰のはるか先に、
ガスが切れると、さらなる岩峰を浮かび上がらせる。
やっとたどり着いたと思ったら、まだまだ先があるという艱難辛苦。
「アレが、ロバの耳ですか?」
本日の最大の難関となる、ロバの耳という、
可愛らしい名前を付けられた岩峰なのかと訊いてみた。
私の質問に、どう答えていいのか迷っている棚橋氏。
次の次の次の次・・・とも言えず、ただ黙って先を促す。

岩の登り下りはとても楽しい。
楽しいから疲れを忘れられると思っていたら、
息の上がり方が半端でなかった。
やはり3000mの高みでは、酸素が足りない。
「1分休憩させてください、ハァハァハァ」
少し頑張ったら、
「いっぷんお願いします」
しばらくしたら・・・
「いっぷん」
単語だけになってきた。
おそらく血液内酸素測定器で測れば、
70台の数値に違いない。
そのうち、「いっ」だけになる気がしてきた。

~~~つづく~~~
逆層スラブは滑るか?⑤_e0077899_11051382.jpg
       逆層スラブ(冒頭の写真の一部)
逆層スラブは滑るか?⑤_e0077899_10595005.jpg
 後ろに見えるピークをひとつひとつ超えてくる。
一番右と次の間に、見えていないピークもある。
逆層スラブは滑るか?⑤_e0077899_11071856.jpg


by ishimaru_ken | 2023-09-25 05:58 | スポーツ
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