《
巻機山(まきはたやま)新潟県》
米どころ南魚沼の宿にいた。
夕食の時間、20人ほどの客の片隅に、炊飯器が置かれていた。
おそらく、4升炊き炊飯器。
わたしが、フタをあけた。
淡い湯気があがる。
あまい香りがする。
つやつやのごはんを、しゃもじですくう。
その途端、コメの香りがまわりに振りまかれる。
皆がふり向く。
まだお酒をチビリチビリやっていたおっちゃんおばちゃんが、
すっくと立って、ごはんの周りに集まってくる。
待ちきれないとばかり、しゃもじを渡しあう。
小走りに座布団のところに帰り、
箸をつかむや、ごはんを持ちあげる。
ふたたび、ほわ~んと湯気があがる。
大きめのひと口のごはんをほおばる。
ほわほわ~~ん
からだが幸せ感満載となる。
ごはんは大釜で沢山炊くのがうまいとされているが、
それにしても、魚沼産の米のうまいこと!
夜、米粒を食べない私なのだが、
お代わりをしに、炊飯器まで往復する。
何度もの、「ほわ~~ん」。
酒を呑んだ後に食べているので、
おかずは、漬物と汁だけ。
考えてみれば、食べ盛りの、10代20代の頃、
たいした米を食べていなかった。
九州ということもあり、米自体が自慢できるものでなかった。
よもや、東京に出て来てからは、いわゆる、
「古米」を定食屋で食べるのが当たり前だった。
古米ならまだしも、「古古米」、「古古古米」だったかもしれない。
ツヤツヤという形容詞を知らなかった。
「米が立つ」などと言う言葉は、
30代後半になってから知ったかも。
とはいえ、ごはん好きだった。
たくさん食べた。
もし、小さいころから、魚沼産の米に出会っていたら、
私の体格は、名前を絵に描いたように、丸くなっていただろう。
いまからでも遅くない。
丸くなる為に、うまい米を食おう!
「ああ~うまい~」
何度でも天を仰ごう!