
《
八ヶ岳 権現岳》
「あらイシマルさん、こんにちは、どうもご無沙汰しております」
突然、街で人とお会いすることがある。
私の場合、年間多くの方と初対面する。
仕事だの遊びだので、紹介されたり、名刺をいただいたり、
一日一人計算で、年間300人ほどと知り合う。
どちらかと言えば、名前を覚えるのは不得意なのだが、
顔を覚えるのは得意である。
一度見た顔はほぼ忘れない。
ところが――
この3年間、そのみんなの顔がマスクに隠されていた。
あるいは、テレビ電話の向こうで初対面した。
テレビ電話の中でもマスクの場合もあった。
これは、きびしい。
今回街で出会った方は、たぶんその中の一人だ。
「私は、あれ以来なかなか出かけられなくしてるのですが、
イシマルさんは、お元気そうで」
この会話からは、相手の素性が知られるモノは、
何も浮かんでこない。
「イシマルさん、山の方はいかがですか?」
ヒントらしきモノ(山)が、出た。
海関係の人でないことだけは分かった。
しかし、山の話は、誰でもする。
範囲が広すぎる。
なんとか、狭めようと、私の方から会話をしてみる。
「ちゃんと食べておられますか?」
「ええ、家内がしっかりものなので、ソッチの方はなんとか」
「階段使ってますか?」
「階段?いや、最近エレベーター頼りですわ」
「今年の紅葉は、見事でしたネ」
「はいはい、テレビでも赤がキレイだったとか」
「権現岳では、キノコが大量発生してましたヨ」
「ああ、キノコ狩りでクマに襲われるニュースばかりですねぇ」
ふ~む、埒があかない。
なんとか山登りの話に持って行こうとしたが、食らいついてこない。
何をしている誰だろう?
せめて最初に、名前を仰っていただければ助かるのだが・・・
と思っていたら、
「あっ、言い遅れました、高橋ですヨ」
ときた。
「ええ、はいはい」
と生返事した。
高橋さんは、10人くらい知っている。
今年も3人ほど紹介された。
同時に、木村さんと佐藤さんも同数、知り合った。
いまこの方は、マスクはしていないが、顔立ちに記憶がない。
どうしたらいいのだろうと、もじもじしていたら、
「こんど是非ご一緒したいですね、では」
と去って行ったのである。
え~と、何をご一緒するのだろう?
山かな?お酒かな?ゴルフかな?釣りかな?ウインドかな?
麻雀ではないと思うのだが・・・
結局、分からないままである。
クイズを出されて、答えを教えてくれなかったみたいで、
気持ちがわるい。
靴下がズレているまま靴を履いているようだ。
帽子が落ちそうなのに、両手がふさがっている時にも似ている。
私にとって、この3年間は、初めて知り合った人たちを、
失った期間と言っていいのかもしれない。
八ヶ岳カラマツ林