《走り高跳び》
陸上競技の中で、トラック競技は、
ソファ観戦において、私の動きはほとんどない。
あるとすれば、100m走などの短距離のフィニッシュの時。
ゴールにとびこむ瞬間だけ、ソファから腰を浮かしている。
トラック競技以外では、フィールド競技に、私の身体が反応する。
特筆できるのは、《走り高跳び》の共感。
2m50センチ近くの高さのバーを越えようという人類の挑戦!
テレビの前では、
選手が観客をあおる拍手の同調には無関心でいる。
選手が、走り出す。
彼ら彼女らは、助走の走り自体が、普通でない。
まるで鹿だ。
ピョンピョンピョン
細い足で蹴る足の、地面からの身体の浮きが違う。
浮遊する物体の移動を見ているかのよう。
最後の最後に、バーに平行に、走りの向きを変えた瞬間!
ソファに座っている私の身体が、反転する。
テレビに正対していた身体の向きを180度裏返す。
・・・裏返したつもりなのだが、さほどヒネれていない。
選手が跳びあがるその時に、
ソファの下の床を蹴る。
蹴ったつもりなのだが、足の裏の肉球がへこんだだけだ。
ここで、一瞬、時がとまる。
すべてのスポーツの中で、時がとまる瞬間があるのは、
走り高跳びだけだ。
選手がクリアした時は、私は何も動かない。
しかし、バーを落とした時、背中がムズムズする。
バーに触れた疑似体験をしている。
そっと触っただけなのに、気持ち悪い。
よもや落下して、バーの上に背中から落ちた時など、
その気持ち悪さをぬぐおうとして、
ソファの背もたれでゴシゴシこすったりする。
落下を忘れようとしている。
「ガンバレ!」
選手に聞こえるハズのない奮起をうながしてる。
走り高跳びは、とても疲れる。
選手がタオルをかぶって休んでいる間、
ソファに横たわって、半分目をつぶっている。
休んでおかないと、次に走り出した時、反応できないからだ。
っと、休んでると、次の選手が走り出す。
こりゃ大変だ。
次々にテレビでは、選手が走り出す。
この競技は、誰か一人だけ応援している方が、気が楽だ。
そうでないと、身体がもたない。
瞬間だけ、思いっきりチカラを入れるというのは、
ホントに疲れるものです。 九重山 坊がつるで休む