《神経ジメ》 魚を食べる際の、新兵器である。
大昔から、「魚を〆る」という行為はおこなわれてきた。
釣りあげた魚を、だんだん弱らせるのではなく、
瞬時に、お亡くなりになってもらう。
これを、《シメる》という表現でやってきた。
はやい話が、脳天を包丁でグサリとやるのである。
残酷と言われれば、その通りだが、だんだん死んでゆく方が、
痛ましいとも言える。
シメる目的は、シメて血抜きをして、身の鮮度を保つ為である。
そして近年、神経ジメなるワザがあみだされた。
編んだ針金の細いのを使って、骨の髄をしごく。
脳天をつくのが、シメならば、
神経をやっつけるのが、神経ジメ。
これをやるとやらないでは、鮮度もさることながら、
身の硬さが違う。
魚は釣ったその日に食べると、コリコリという歯ごたえがある。
翌日には無くなる。
ところが、神経ジメをすると、弾力が残る。
つまり、生真面な釣り人は、
・シメる
・血抜きをする
・神経ジメをする
これをおこたらない。
魚を美味しく食べようという気概にあふれている。
釣り船の上で、魚を釣る行為は忙しい。
・餌をつける
・海底に向かって、数10メートル釣り糸を垂らす。
・底に着いたら、重りの位置をキープする。
・竿を上げ下げして誘う。
・魚がかかれば、リールを巻き上げる。
・魚をとりこむ。
再び、餌をつけ、海底に沈んでゆく、20~30秒の間に、
魚をシメ、血抜きをする。
かなりの忙しさである。
休むヒマなどない。
船が移動する数分の間にも、仕掛けテグスの替えや、
釣り針の点検。
そして肝心の神経ジメをおこない、
魚をクーラーボックスに入れる。
釣り人は、船の上に8時間ほどいる。
勿論、腹が減るので、オニギリやパンを持参する。
とはいえ、食べる時間がない。
常に動き回っている。
休憩は、おのおのが釣り時間を犠牲にするしかない。
皆が釣っている最中に休むのである。
実は、これがむつかしい。
オニギリにかぶりついている時に限って、隣りの人が、
大きな魚を釣り上げたりする。
この残念感は果てしない。
「今の魚は、私が休んでいなければ、私のものだった・・・」
意味のない恨み節を、ご飯つぶと共に、海に飛ばしたりする。
釣り損ねた大魚を忘れるべく、今夜の刺身の宴を思いうかべ、
海に浮かぶ富士山を眺めている。 またしても、カワハギのフグ造り キモつき