遊び仲間が、《南極の氷》が手に入ったと言って持ってきた。 見てみると、不透明の白い氷である。
きちんと冷凍されていたようで、空気中にさらすと、
すぐに溶け始める。
ここは、とりもなおさずと言うことで、
グラスに入れ、耳を近づける。
「プチッ、カチッ、パチッ・・・」
音がする。
なんでも、氷の中に閉じ込められた遥か以前の気体が、
はじけ出るらしい。
遥か以前とは、数十万年前とか、もっと遥か前とか、
もっともっと前とか・・・
地球規模の大陸移動が行われていた頃の話しかもしれない。
となると・・・ふと――
映画《遊星からの物体X》 (原題 THE THING)
を思い出した。
1982年のアメリカ映画だ。
まだCGがほとんどない時代に、あのような映像は考えられなかった。
観ていない方に、バラしたくないのだが、
この映画は、南極における細菌の話である。
細菌が、動物に感染し変異していく様子を、
ドラマチックなサスペンスな戦いにつくりあげている。
映画を思い出しながら、氷から発する気体が弾ける音を聞いている。
これって、もしかしたら・・・?
「物体Xが、漏れている?」
ドキドキしながら、ここはひとつ水割りをつくることにした。
なぜかウイスキーではなく、グラスの中に焼酎を入れ、
さらに《あるモノ》を入れる。
あるものとは・・・
最近、横須賀市のとある酒場で、街の知り合いと、
ジョッキを傾けていた。
「ここが発祥なんですよ」
と、あるモノを呑んでいる。
それは、酒場放浪記の吉田類氏もお好みの飲みもの。
《ホッピー》
思い起こせば、50年ほど前、二十歳を過ぎた頃に、
新宿のションベン横丁で、ホッピーを飲んでいた。
酒があまり好きでなかったのと、お金もなかった頃の話しである。
ビールに似たへんちくりんな飲み物だとの感想があった。
なにしろ、酒の味がまったく理解できなかった私である。
ビールすら、旨いと思えなかった。
それから半世紀。
酒場でホッピーと再会した。
聞けば、低糖、低カロリー、プリン体ゼロ、と言う。
そして安い。
ジョッキの中で合わせる焼酎の量を加減すれば、
身体にもやさしい。
ってんで、現在、ホッピーにハマっている。
どういうハマり方かと言われれば、
せっかくの遥か悠久の時をへた南極の氷を頂くときに、
ホッピー割りにしてしまうほどである。
ウイスキーとか、ブランデーとかの高級酒を、
脇に置いてしまう所業なのだ。
「なんてことをするんですか!」
件の氷を差し出してくれた友人が、眉をつりあげる。
意に介さない。
その代わりに、私が断言した。
「これから、ホッピーの時代が来る。銀座の高級クラブに、
ホッピーのボトルが燦然と並ぶ日は近い!」