『接着剤を買いに行こう』
平田満が決断した。
数年前、友人のお母さんの葬式に 平田満と出席した。
残念ながら、故人は、知らない方だった。
平田満とは、あの平田満(みつる)で、役者だ。
(以下略して平田・・あまり略してないな)
平田が、「革靴の底が ハガレタ・・」と言う。
役者が革靴を持っていること自体、稀有だが、
ハガレタと言う。
わずかに残っている糸を結んだりしてみたが、
埒が明かない。
そこで、冒頭のセリフ
『 接着剤を買いに行こう』
「ああ、行こう」
買ってきた。
くっつけた。
そんな短時間でくっつく筈がない。
ないが、そんな事をしていたセイで、
葬式の焼香の隊列が どんどん進んでしまい、
残るは、 二人だけとなった。
「歩こう・・」
『うん、歩こう・・』
靴を引きずる平田、とんでもない ゆっくり歩きになった。
顔もこわばった。
ただでさえ、 神妙な顔をしている役者が、
さらに、目が細くなった。
隣を歩いているイシマルは、
笑いをこらえるのに必死だった。
人間、笑いをこらえると 涙が出てくる。
ドバドバ出てくる。
100人ほどいる参列者が、<歩く二人>を見る。
普通に歩けば、 5秒もかからない距離を
1分かけて歩く神妙な男二人。
一人は、亡き母親の死に うちひしがれ、歩くのもやっと。
一人は、悲しみのあまり、 ボロボロの涙。
(ありゃぁ、でったい 隠し子たちだべ)
ささやき声が聞こえた気がする。
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