《石鯛》 いしだい 鯛と名の付く魚は、たくさんいる。
その中で、旨みのトップにいるのが、石鯛。
(と、私がかってに賞賛している)
灰色の身体に、墨色の縦縞が数本入っている。
ということは、海中上下に長い海藻がある場所にいるのだろうか。
好む食べ物は、ウニだの貝だので、
鋭い歯で、ガリガリと砕いて中身を食べてしまう。
ウニなどは、あのトゲに刺されないのか、心配するのだが、
平気らしい。
いきつけの魚屋で、石鯛を見つけると、買い求める。
その昔は、《まぼろしの》と修飾語が付けられた魚でもあるので、
天然ものは、値段がはる。
買ってくると、ご近所の友人にも、おすそ分けする。
当日より、翌日の方が旨みが出る。
生きジメをしているので、鮮度は保たれている。
したがって、コリコリ感があるのに、旨みがある。
私が、ただ「旨い」と言っても、どの程度なのか、想像するしかない。
そこで、夕食の実況をお聞きいただきたい。
「おっと、石鯛をいちまい箸でつまみました。
薄造りの長さ5センチほどの身です。
やおら刺身醤油にちょこっと浸け、ワサビを少々のっけました。
さあ、石鯛のピンクの身がプルプルとふるえています。
一気に、口にほおりこみました。
ゆっくりアゴを上下しています。
あれれ、咀嚼がとまりました。
目が半眼になったまま、頭を後ろに傾けています。
口がうっすら開きました。
わずかに「ハァ~~」と吐息を吐き出しています。
目がうるんでいるのは、花粉症のセイではないようです。
『う 』
今、『う』と聞こえました。
かなり時間がたってから――
『・・・・・まい』
感激に浸っているようです。
左手に持った日本酒のおちょこが、静かに持ち上げられていきます。
まるでスローモーションのような食事風景。
このままいくと、お刺身を全部いただくのは、
いったい、いつになるのでしょうか」