「ホルモン」大好きである。 焼き肉屋に入っても、「ホルモン」だけで生きていこうとする。
カルビだのタンだの、ロースだのをかわし、
ホルモン一辺倒で、一夜を過ごそうとする。
この極端な舌のこだわりは、いつ生まれたのだろうか?
時代をさかのぼろう。
65年ほど遡れば、その日が見える。
大分県の田舎町で、父親が夕方、自宅ではない場所で、
酒を一杯やろうと思い立ち、奥さんに対する言い訳として、
子供を店に呼び出すのである。
一歳違いの兄と弟の私が、てくてくと向かうと、
鉄板の上で、得もいえない異様な香しき匂いがしてくる。
父親が注文したらしき、《ホルモン》と呼ばれる肉塊。
ジュージューと音をたて、信じられない匂いに満ちている。
その当時、肉というものに、ほとんどお目に掛かれない生活。
魚は豊富に食べられたのだが、それらの淡泊な味と違って、
強烈な臭いを発散する《ホルモン》とよばれるソレ!
牛肉より豚肉より鶏肉より前に、
《ホルモン》を知ってしまった。
舌にも、耳にも知ってしまった。
胃袋さえ、感知してしまった。
その後、父親からの呼び出しがあると、
超敏感になった次男坊けんじろう君が、率先して、
ホルモン屋に、下駄ばきで一目散に駆けていくのである。
ジュージューと焼ける焦げ茶色の物体を見ている様は、
犬が、「ヨシ」と言われる前の「待て」の状態とよく似ている。
「けんじろう、焼けたぞ」
父親の発する、「け・・」
が、聞こえるか否かで、
けんじろう君の箸が、サッと伸びる。
盗人さながらの速さで、モツ塊が消える。
親とは、子供の感動に敏感だ。
異様な喜びを、おしげもなく披露する次男坊に向かって、
喜びのホルモンを追加注文する。
「ホルモン、おかわりネ」
この時のけんじろう君の年齢は、7歳。
まだ、言語をさほど覚えていない頃。
・その脳みそに刷り込まれた「ホルモン」という響き!
・その胃袋に刷り込まれた「ホルモン」の味わい!
なんという教育環境!
恐るべき吸い込ませ育成!
ホルモンが育てたらしき肉体と、特に《舌》!
特に、《鼻孔》!
そして、ホルモンという文字に敏感な《目ん玉》! 大阪の台湾風もつ鍋