マッターホルンの中腹にある小屋、《ヘルンリ小屋》まで登る最中に、右に枝分かれする道がある。
いずれ、本道と合するのだが、この道の途中に、
十字架が立っている。
その周りには、黒い石と白い石が混在して散らばっている。
その中の白い石を拾って、
十字架の周りに供えようという儀式がある。
こぶし大から豆粒大までの石の中から選び出し、
崖に積んでゆく。
この「乗せる」という行為を慎重にやらなければならない。
もし落とすと、
マッターホルン登攀時に滑落すると言われている。
誰が言ったのか分からないが、迷信的なものだろう。
しかし、これからマッターホルンに登ろうとしている時に、
その言葉は重い。
否が応でも、慎重に白い石を置く。
ところが、その石がギザギザしており、
いかにも落ちそうな形状だ。
そっと・・・そおっと置いてゆく。
そんな白い石が、何千個も置かれてある。
それだけ多くの人たちが、この地を訪れたという証拠。
本道から離れているので、知る人ぞ知る世界。
ガイドさんに案内されなければ、知るよしもない。
その場所から見上げる、マッターホルンは、
もう見あげるというレベルを超え、何かを掴んでいなければ、
そっくり返ってしまう角度。
これから登ろうとしている人を、わざと怯えさせようとしている。
その上で、祈りを捧げるひとときを、設けてくれている。
登頂をはたし、帰りにも立ち寄り、白い石を置いた。
感謝の念が湧いてくる。
安全に降ろしてくれた想いを込めて、石を置く。
そしてコレは、自分に対してだけではなく、
他の人の安全も願っている自分に気づく。
山は素晴らしい分、危険も多い。
「偶然助かった」――を。
「必然助かった」――にする為、
日々、《危機管理》を楽しんでいる。
《危険回避》を楽しんでいる。 帰り際にも 白い石を