行きつけの魚屋さんのオヤジさんが声をかけてくる。 「モクアジ持っていきなヨ」
始めて聞いた名前の魚である。
アジ科の魚は、大量の種類がいる。
覚えきれないほどの種類なのだが、
さすがにこの名前は聞いたことがなかった。
《モクアジ》
見た目は、シマアジだのカスミアジだのに似ている。
色が黒っぽいアジは少ない。
基本的に銀色をしているというのが通り相場。
「脂がのってるヨ」
「るヨ」と語尾をあげて言われて、買わない手はない。
35センチほどの体長。
《〇〇アジ》と《〇〇鯛》はその種類の多さで、
数を競っている。
いずれも旨さでも、競い合いが激しい。
しかしながら、聞いたことのないアジ科は珍しい。
「定置網にかかったの?」
「秋になるとかかるナ」
これまでだって、秋に魚屋には足しげく通っているのだが、
見た事がない。
黒っぽい色のセイで、見逃していたのかもしれない。
いや、秋になると、魚が旨くなるので、
他の魚ばかり選んで見ていたのであろう。
たしかに、オヤジさんに言われなければ、
隣りで青々としたワラサだの、
黒々としたメジ(本マグロの子供)だの、
キモが脹れだしたカワハギだの、
ピカピカ光る太刀魚だの、
私を惹きつけてやまない魚たちがウヨウヨしている。
腹をみせて横たわっている。
ピッピッピッ
魚屋にバックしてきた搬送車が来たかと思ったら、
荷台から、大きな桶が降ろされ、
大量のカツオの尻尾が突き出ている。
さっき捕れたばかりだと、船長が奇声をあげている。
ここはグッとこらえ、モクアジに敬意を表そうではないか。 モクアジの刺身だが、皮を剥ぐのが難しい