大分県から、宮崎県まで、
山越えで歩いたことがある。
途中に九州で、二番目に高い、祖母山という山がある。
その山中で、一泊した。
山は冷える。
そのせいか、
風邪をひいた。
宮崎側に降りると、天の岩戸で有名なところに出た。
といっても、民家は5軒。
熱のせいで、ふらふらしていると、
畑仕事をしていた
オババがやってきて、
うちで、休んで行けという。
行った。
行った途端に倒れこんだ。
結局そのお宅に泊めてもらう事になった。
電気も来ていない山奥。
なのに、そのお宅は、
湊(
みなと)さんという名前だ。
平家の落ち人(おちゅうど)かもしれない。
夫婦と子供二人、それに、
80を過ぎたオババだ。
そのオババが、
<
海を見たことがない>
という。
湊家には、テレビはない。
水車発電なので、電化製品といえば、
15ワットの蛍光灯だけだ。
<海を見たことがない>人、今までに会った事があります?
日本で・・
唯一、子供たちが撮ってきた、
写真で、見たそうな。
だけど、わからなかった、そうな。
見たいと思わないか、訊いた。
思わない、と言う。
そりゃ、そうだろう、80年、
平地すら見たことがない様な山奥で暮らしてきたんだもの。
恐らく、あのオババ、もう亡くなられているだろうが、
無理にでも、見せてあげたかった。
舐めさせてあげたかった、海の塩水を・・