最近になって、自分の動きに変な作業があることに気づいた。今ごろかい!
と言われるのを覚悟にさらしてみよう。
家の中での移動の際、からだの一部を壁だの家具だの、
どこかに触れながら動いている。
たとえば、階段を下りている最中、
なんとなく壁に肩を擦ったりしている。
洗面所にまで歩く途中で、腕の外側をそっと扉にこすっている。
テーブルから立ちあがる時、モモの前をなんとなく、
テーブルに触れさせようとしている。
もちろんそっと触れているので、
テーブルの上のグラスなどに影響はない程度。
これらはいったい何だろうか?
チックとは無関係だと考えられる。
チックの場合、それをしないと気持ち悪いのであるが、
これらの動きは、まったく無意識でやっている。
つい最近、これらの動きに注目したので、判明した事項だ。
まだまだたくさんの動きがあるが、すべて何かに触れようとしている。
こする動きである。
これは、室内だけでなく、外を散歩している時でも同じ。
外壁だの、生垣だのに軽くギリギリの触り方をしている。
いったいこの動きは何?
なぜ、いまコレを言い出したかというと、ヒントを見つけたからだ。
昨日、猫が狭い小道をソロソロと歩いている姿を見ていた。
猫は、壁に自らの毛をそっと擦りながら通っている。
角を曲がる際には、わざと角に横腹をこすりつけている。
人が歩いてくると、やはり近寄って身体をこすりつけようとする。
「それは、猫の腰のあたりに臭いつけの線があってだネ」
猫好きの方の説明を以前聞いた。
それはそれとして、何かにこすりつけながら移動するという意味では、
私と猫は同じ動きをしている。
猫は無意識だし、私も無意識だ。
「空間把握の為なんじゃないの?」
知人が指摘した。
ぶつからないように、壁だのテーブルだのの位置を無意識に、
知ろうとしている、という意味だと受け取る。
それが答えだとすれば、ありがたい才覚だと嬉しいのだが、
困ることもある。
きちんと正装して結婚式だののパーティに行くと、
知らない間に、衣服が汚れている場合がある。
たぶん、無意識の才覚のセイではないか。
ドラマの現場では、着せられた衣装をまとっている。
これだけは、絶対に汚せない。
そして、汚した経験はたぶん少ない。
おそらく、私の才覚を越えた、仕事への生真面目さの方が、
上回っていると思える。
一応検証ができたような気がする。
《空間把握》の作業。
ただし、猫との違いは、他の人間に擦すりよるような動きはしていない。
良かった良かった・・・