
「
置いてあるものの弾いてはいけないピアノ」
先日、「耳が騒音についてゆけず」と語った。
どういう意味だろうか?
高校の頃、町なかの店に、大きなステレオを置いてある所があった。
特別に展示してあったモノで、名前を《ネブラⅢ世》と言った。
スピーカーは、部屋のような構造で、
入り口にヒトが立ったまま入っていけた。
音楽をかけていたのだが、試しにとステレオに近づくと、
凄まじい音量に身体がブルブルと反応する。
よもや、内部に歩いて入る勇気がでない。
それでも頑張って、歩み寄ろうとするのだが、
音の恐怖は半端でなかった。
それから数年後、大学生となり、ディスコにしばしば通った。
そこは、とんでもない音量で音楽らしきモノが流れている。
音楽というより、リズムとビートが刻まれている。
大声で喋っている人たちがいるものの、
私には、何も聞こえない。
やがて外に出ると、それ以降、耳が塞がった状態になり、
翌日まで、周りのひとたちが、金魚のように、
口をパクパクしているのを見ているだけだった。
30才の頃、ロックコンサートに出かけた。
始まると同時に、轟音が鳴り響く。
1分とたたずに、私の耳は機能を失った。
周りの客たちが全員席を立ち、手を振り上げているのだが、
ただただ耳を両手で塞いで、耐えているだけの時間が過ぎた。
それから幾星霜。
時折、イヤホンをして音楽を聴いている友人が、
「これ聞いてみて」とイヤホンの片方を差し出してくれる。
顔を近づけ、イヤホンを耳にさした瞬間!
轟音に襲われ、とびあがる。
「こ・こ・こんなボリュームで聞いてるのか?」
彼が聞いているボリュームメモリが、10ならば、
私は、1か2で充分である。
自分の耳が大きな音に弱いと気づいたのは、40才を過ぎた頃、
確信したのは、50才を過ぎてから。
それ以後、大きな音のする所に行かなくなった。
それでも、行きたい場所がある。
映画を観るのに大好きな場所。
《IMAXシアター》
とてつもなく大きなスクリーンと3D映像などが楽しめる。
ただし、同時に音量も最大となる。
開演前のジョンカビラ氏の案内の声が大きい。
カビラ氏に普段お会いしても、その音圧が強い。
どうか握手をしながら喋るのをやめて貰いたいとさえ思っている。
ただでさえ大きな声を、信じられない音量で、
館内に膨らませている。
この時点で、もう耳が終わってしまう。
映画が始まっても、何が喋られているのか分からなくなる。
そこで、私なりに対策を考えた。
ヘッドフォンを持参する。
明かりが暗くなると、マイヘッドフォンを耳に装着する。
最初のカビラ氏の声が聞こえ始めたら、ここで微調整。
まだ大きい場合には、プールで使っている耳栓を付けた上で、
ヘッドフォンでフタをする。
どうだ・・・・・?
はたして、スペクタル映画が始まるのだが、
私にはまだ大きい音量。
でもこれなら何とかなる。
では、小さい音は聞こえるのか?
はい、聞こえます。
もの凄く聞こえる訳ではないが、病院の定期検査では、
「は~いオッケーですよぉ~良く聞こえてますねぇ~」
お墨付きをいただいている。
美しい声で歌う イソヒヨドリ