山に登ると、帰りのバスに間に合わなくなる時がある。最終便、17時とバス停に書いてあったのを、覚えている。
なんやかやで間に合わなかった。
さあ、どうする?
どうするもこうするもない。
《歩く》しかない。
ただでさえ、ふた山み山超えてきて疲れている。
しかも、雨まで降り出した。
「泣き面に蜂」の格言がふりかかっている。
そもそも山に登るという行動は、異世界に踏みこんでいる。
何があってもおかしくない状況に、応じようとしている。
通勤の列車が乱れたといって、文句を言うのと同列ではない。
自らが選んだ道なのだから、文句はない。
ゆえに、バスに間に合わなかった時に吐く言葉は――
「ま、しかたない」
これでいい。
あとは歩くだけ。
ところが、これは帰りの話だ。
行きに、登山口へのバス便がない場合もある。
昔は、しかたないからテクテクと1時間でも2時間でも、
歩いたものだった。
しかし、現代にそんな人は、まずいない。
バス便が無ければ、その山に行かないか、
乗り合いでタクシーを呼ぶ。
山に登る行為以外をするまいとする。
時間効率の考え方をもっている。
さあ、そんな今、滅多にいないのだが、
「あれっバスないのか・・・ほんじゃ歩こう」
歩き出す人がいる。
スマホの道案内にしたがって、ひと山ふた山超えて、
本来の登山口まで歩いてゆく。
ゆえにそのコースは、ほとんど人が歩かない道。
その人だけが見つけた道に成りかけている道。
先日、山の上から、その道を見た覚えがある。
その一帯は、ある意味桃源郷のような趣を醸し出していた。
あそこに行くには、どこから辿ればいいのだろう?
目を輝かせていたものだ。
山のマップにも載っていない道。
歩くのが好きな人だけが見つける道。
時折、こうやってご褒美が用意されている。
冒頭の写真を拡大すると、その素晴らしい道が映っていた 右から左に、黄緑色になっている草原がそれ