昨日の与論島における自転車の回航をこう述べた。《冬季単独無寄港無補給》
すると、《無寄港》っちゃなんネ?
するどい指摘をいただいた。
何気なく読んでいたのでは、見つけにくい指摘である。
「自転車で無寄港?」
私は、この文字を、あえて入れた。
よもや間違って書いたのではない。
そもそも、無寄港とは、港に寄らないという意味だ。
砕いて説明すると、「休まない」と言える。
では、似たような例で説明してみよう。
プールで泳ぐ際、仮に1000mを連続して泳ごうとして、
足をプールの底にいっさい付けないで泳ごうとする事がある。
「事がある」と言ったが、それは殆ど泳ぐ人がいない、
ガラガラのプールの場合だ。
たいがいの場合、どこかで足を底に付けざるを得ない。
つまり、連続で泳ぎたい為には、完全に空いたプールで、
「足を底につけない」という無寄港的な考えが必要。
この考えを、自転車に応用すると、
《無寄港》は、「足を地面につけない」となる。
必然、「ペダルをこぎ続ける」 となる。
どんなに急斜面の道路であろうが、決して足を付けることなく、
ただただ、こぎ続ける。
この状態を数十キロに渡って続ける覚悟が、
冒頭の《無寄港》という宣言だった。
ただし、「猫がとびだす」とか「犬が吠える」とか、
アクシデントもあり、必ずしも「決して」は貫いてはいけない。
ゆるい無寄港で構わないルールである。
与論島には信号が一つしかないので、達成しやすい。
今回の無寄港では、6度のチェーン外れがあったので、
達成はできなかった~という言い訳をしておこう。
おまけに、自転車(一周だけ)反対回りの友人たちが、
「ありゃ?なにやっとんの?」
いちいち止まって指摘するので、スピードを緩めて、
話しを聞こうとすると、グラグラ安定が取れず足をついてしまう。
その後、しばらくすると・・・
「えぇ~どこ行くの?」
違う友人が、反対回りで通りかかる。
なんとかグラグラ揺れながらこいでやり過ごしたと思ったら、
バタンッ、あ
こけてしまった。
足をついたので、無寄港は失敗となった。
ご理解いただけただろうか?
《冬季単独無寄港無補給》
なにげなく忍び込ませた《無寄港》が、
それほど困難極まりない【覚悟】なのだと。
《冬季単独】は入れなくてもいいのでは?
という厳しい声はいただいたが・・・